「予測できない変化」にどう対応するか
社内対象の「未来塾」と、社外対象の「CEO's GATE」。ともに狭き門であり、審査基準もほぼ共通しているという。宇野がセレクションに際してチェックするポイントはふたつ。ひとつは、ビジネスの勘どころだ。応募者には最初に事業アイデアを提出してもらうが、宇野曰く「8割は勘どころが悪い」と手厳しい。
「その市場は将来伸びるのか。自分たちはその市場で勝てる可能性が高いのか。事業を始める際は、ふたつの視点で検討することが基本です。しかし、検討が甘すぎて、『本当にそれでうまくいくと思ってるの?』と言いたくなるものが少なくない。もちろん『この事業で社会を変えたい』といった思いは必要です。ただ、それは前提に過ぎない。思いに現状分析や自己分析が加わるからこそ、思いは自信や情熱へと置き換わっていく。分析のない思いは、ただの思い込みです」
市場の将来性を見極めて、そこでの勝ち筋を示せる人は、「地図が描けるリーダー」そのものである。では、宇野自身はどのようにして地図を描く力を磨いてきたのだろうか。
宇野は大阪有線放送社(旧USEN)の創業者を父にもつ。その影響か、小さいころから事業家を志し、事業アイデアをノートに書き留めてきた。ノルマは1日1個。1年後に読み直して、「アイデアを実行に移していたらどうなっていたか」というイメージトレーニングを繰り返していた。
地図の精度ははじめから高かったわけではない。宇野は大学卒業後、不動産を扱うリクルートコスモスに就職。そこで得た知見を背景に、企業向けに福利厚生施設を開発する事業をやるつもりでインテリジェンス(現パーソルキャリア)を立ち上げた。しかし、いざ企業の人事担当に会いに行くと、「福利厚生より採用を手伝ってほしい」という声が多く、人材ビジネスにかじを切った。市場の反応を見て地図を描き直したわけだ。
ただ、新たな地図には自信があった。「未来には、予測できない未来と、確実に来る未来があります。例えば世界情勢は前者ですが、18歳人口が激減するのは確実な未来。新卒社員が減れば、それに代わる人材のインフラ的なサービスが必要になる未来も見えてきます。そこまで見えたから思い切って方向修正できました」
予測できない環境変化に直面したこともある。98年、宇野は急逝した父の後を継いで旧USENの社長に就任する。経営を立て直した後、家庭に光ファイバーを引いてネット接続するFTTH事業で成長を目指し、経営リソースを集中させた。しかし、そこに突如立ちはだかったのが、「Yahoo!BB」ブランドでADSL方式のモデムを大量配布した孫正義だった。
「あれ? 孫さんも光ファイバーとおっしゃってましたよねと。強力なプレイヤーの登場で、地図を描き直さざるをえなくなりました」
ただ、光ファイバーそのものを諦めたわけではなかった。それまでは独自インフラにこだわっていたが、NTTダークファイバーを借り、マンションに特化して事業を展開。急な方針転換に戸惑う社員もいたが、次のように語りかけた。
「競争環境の変化を予測できなかったことは自分のミス。そのことを反省したうえで、『目的は高速インターネットを広めて世界を変えることであり、自分たちのやり方で勝つことではない。地図でいえば、目的地は同じで、ルートを変えるだけ』と伝えました」
想定外の事態が起きれば、戦略を正しく修正して、意図をメンバーに説明して、共有する。それを含めた力が、リーダーに求められる「地図を描く力」なのだ。