2020年にミネアポリスで起きたジョージ・フロイド(黒人男性)を白人警官が首を絞めて殺害してしまった事件に端を発した、新たな黒人差別撤廃運動(Black Lives Matter)はアメリカ社会のなかで大きなうねりとなり、黒人の登用、奴隷制度の負の遺産の清算、奴隷制度を支持した大統領の肖像の撤去や、大学院冠名称(プリンストン大学のウッドロー・ウィルソン・スクール)の削除につながった。
その社会的規範の変化の一方で、大企業、政府、大学などの昇格人事や採用人事では、とにかく、黒人と女性を優先しなくてはならない、という運動が広がった。これまで埋もれていた黒人作曲家の作品、女性作曲家の作品も頻繁に演奏されるようになった。ところが、今回のゲイ学長批判には、彼女が十分な業績もないのに学長に選出されたように、黒人であること、女性であること、研究分野(黒人の政治参加の歴史)が、DEIにぴったりだったからだという(保守)思想がある。保守層から見て、エリート大学は「表現の自由」を隠れみのにした革新思想(ProgressiveあるいはWoke)の巣窟だ、という認識が広がってしまった。
トランプ元大統領の下での保守思想の過激化が、アメリカ社会の分断を招いたといえるが、今回のDEIへの批判はさらにそれを新しい座標での分断へと導いている。それの分断の活断層が「エリート大学」には内在している。今年もアメリカは多難な一年になりそうだ。
伊藤隆敏◎コロンビア大学教授・政策研究大学院大学客員教授。一橋大学経済学部卒業、ハーバード大学経済学博士(Ph.D.取得)。1991年一橋大学教授、2002~14年東京大学教授。近著に、『Managing Currency Risk』(共著、2019年度・第62回日経・経済図書文化賞受賞)、『The Japanese Economy』(2nd Edition、共著)。