欧州

2023.12.23 12:30

渡河作戦は「自殺任務」でなく「消耗戦」の一部 損害が大きいのはロシア側

遠藤宗生

ドローンを見やるウクライナ兵士(Shutterstock.com)

「自殺任務だ」。ウクライナ海兵隊が南部ヘルソン州のドニプロ川の対岸に橋頭堡(きょうとうほ)を確保するため、2カ月にわたり進めてきた作戦について、あるウクライナ海兵は米紙ニューヨーク・タイムズに匿名でそう語っている。

橋頭堡があるドニプロ川左岸(東岸)の集落、クリンキをめぐる作戦に参加したほかの複数のウクライナ兵も、地元メディアのキーウ・インディペンデントの取材で、第35独立海兵旅団の所属と思われるこの海兵と同様の見方を示している。たとえば、あるドローン操縦士は「(ドニプロ)川を渡るのは不可能に近い」と述べている。

現地での過酷な戦いでトラウマを負った生還者の話を主に取り上げたこれらの記事には、悲壮さが漂っている。さらに言えば、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領がクリンキ一帯でのウクライナ軍の戦いについて語っていることとも、ほとんど合致する。プーチンはこううそぶいた。「彼ら(ウクライナ側)がなぜそれをやっているのかすらわからない」

クリンキ戦に参加し、周りで戦友が次々に死んでいくのを見たかもしれない人たちは、軍事上あるいは戦略上の理由について意見を言うのは難しいだろう。だが、ウクライナ軍がこの戦いをしている理由は明らかである。

ぬかるんだドニプロ川左岸の、避難した漁民の家屋が並ぶ細長い集落であるクリンキを解放し、保持することで、ウクライナ軍は、将来、この軸でより大きな攻勢に出る選択肢を残しているのだ。ワシントンD.C.にある戦争研究所(ISW)も、ウクライナ海兵隊の渡河作戦は「将来の作戦に向けた条件を整える取り組みとみられる」との見解を示している

さらに、ロシアがウクライナで拡大した戦争が「膠着」あるいは「消耗」局面に入り、双方とも大きな前進は見込めず、互いに相手にできるだけ多くの損害を与えることに力を注ぐなかで、クリンキ方面の戦いはウクライナ側にとって、ロシア側の戦死者や車両損失を増やす機会にもなっている。

言い換えれば、クリンキはロシア軍を消耗させる「罠」になっている。たしかに、ウクライナ側はドニプロ川の渡河やクリンキの狭い廃墟での戦闘で、戦死者や重傷者を何百人も出した可能性がある。

また、クリンキから撤退しなければ、ロシア側による反撃や爆撃が続くなか、ウクライナ側の戦死者は今後数週間から数カ月でさらに増えるおそれもある。誤解のないように言っておくと、クリンキからの撤退も可能性としてはあるだろう。

だが、ウクライナ軍の第35海兵旅団がクリンキで大きな損害を被る一方で、ロシア軍の第810海軍歩兵旅団や第104親衛空挺師団は第35旅団の海兵を排除しようとして、それよりも格段に大きな損害を出している。そして、これまでのところ排除もできていない。

新たに編成された第104師団は「初の戦闘で桁外れに大きな損害を被り、目標の達成に失敗した可能性が非常に高い」と英国防省は先週指摘している
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翻訳・編集=江戸伸禎

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