映画

2023.12.23 13:30

映画「PERFECT DAYS」を企画した、意外な人物とは

ヴェンダース監督が日本に対して関心が深いというのは、初期の作品「アメリカの友人」(1977年)に、いまはなきパリのホテル・ド・ニッコーが登場した頃から気づいていたが(その後、1985年には小津安二郎をリスペクトしたドキュメンタリー「東京画」も監督)、今回の「PERFECT DAYS」で、あらためてその思いを強くした。

前述のように「PERFECT DAYS」では、主人公である男の日常が事細かに描かれていくが、そのなかに登場する東京の風景には、いささかも違和感を抱くことがない。むしろ、この街に暮らす人たち以上に、隅々にまで鋭い眼差しを放っている。監督の確かな観察眼には感心するばかりだ。

そして物語は、男がなぜ公衆トイレの清掃にこれほど精魂込めて携わっているのかという疑問から、少しずつこの主人公の生きる流儀のようなものにまで辿り着いていく。全編がドキュメンタリーのように撮影されてはいるのだが、そこには主人公が抱える内なるドラマが深く刻み込まれている。

男の物語を続けよう。彼は1日の仕事が終わると、アパートに戻り、自転車で銭湯に行く。帰途には地下街の酒場に立ち寄り、食事を摂る。そして寝る前には布団に入りながら、本を読む。それは昭和の小説家である幸田文の「木」であったりする。
就寝前に布団で本を読む平山 /(c) 2023 MASTER MIND Ltd.

すべてに言葉少ない男だが、行きつけの古書店があり、そこの女性店主と本についてのわずかな会話を交わす。休日に出かける居酒屋のママには少なからぬ好意を抱いており、相手も男には優しい言葉をかける。

そんなある日、男がアパートに帰ると、ドアの前に「おじさん」と呼びかける少女が立っていた。そのことをきっかけにして男の隠されていたもうひとつの人生が浮かび上がってくる。ヴェンダース監督の傑作「パリ、テキサス」をも彷彿させる鮮やかな展開だ。

映画製作の裏には2人の重要人物

前述のようにヴェンダース監督が描く東京の風景は、この街に住む人間が見てもまったくもって違和感を感じさせることはない。それは監督が、すべてのロケ地を自ら歩いて探しまわったということにも起因しているのだろう。もともと日本に対しての造詣が深いとはいえ、ロケ地の選択は、主人公の人物像を的確に描写するうえではかなり重要だ。

さらに、登場するカセットテープ、フィルムカメラ、文庫本の幸田文などといった懐かしいアイテムなどは、ヴェンダース監督とともに脚本を担当した高崎卓馬氏との共同作業から生まれたものかもしれない。ちなみに作中に流れるルー・リードの「PERFECT DAYS」をはじめとする印象的な楽曲の選択はヴェンダース監督自身だったという。
主人公の平山が通う居酒屋のママを演じた歌手の石川さゆりにとってはひさしぶりの映画出演となった(c) 2023 MASTER MIND Ltd.
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文=稲垣伸寿

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