「私は今、人生のこのタイミングでヴィム・ヴェンダースという人と出会えて本当に幸せでした。彼の映像に対する考え方、映画へのアプローチの仕方、世界のみつめ方、それらは自分のなかの迷いに近い拘りをきれいに吹き飛ばしました。フロントガラスの、ずっととれずに半ば諦めていた曇りが消えたような感覚があります」
ヴェンダース監督は、日本を舞台に、日本人の出演者で、日本語を使って作品を撮ったわけだが、その傍らには常に高崎氏の存在があったであろうことは想像に難くない。そして、その高崎氏をして「僕たちがこんなに自由に迷いながらやってこられたのは、柳井康治という人の『面白いものを面白がる才能』のおかげです」と語る人物の存在もあった。
ベースは渋谷区の公共プロジェクト
柳井康治氏は、「ユニクロ」などを展開するファーストリテイリングで取締役を務めているが、自らの会社「MASTER MIND」で個人プロジェクトも手がけている。実は映画「PERFECT DAYS」のベースとなったのは、彼が高崎氏とともに推進してきた「THE TOKYO TOILET(TTT)」という渋谷区の公共プロジェクトだ。TTTは国内外の著名な建築家やクリエイターたちに、「誰もが使ってみたくなる公共トイレ」をデザインしてもらうというプロジェクト。映画のなかにも登場する、ガラス張りで内部が透けて見え、入って鍵を閉めると外からは見えなくなるトイレ(ザ トウメイ トウキョウ トイレ)をはじめ、渋谷区内にユニークなトイレが17箇所で設置されている。
TTTは公共トイレの新しい価値創出をめざしたプロジェクトだが、それをさらに発展させるかたちで映画「PERFECT DAYS」の製作がスタートした。考え方の基となったのは「家のトイレは毎日掃除しなくても汚れないのに、公共トイレは1日複数回清掃しても汚れてしまう」という事実だったという。企画・プロデュースを担った柳井氏は次のように述べている。
「ヴィム・ヴエンダース×役所広司は、トイレそのものを美しく切り取り、清掃員の日々の仕事に尊厳を与えるという意味で最高の組み合わせだと思います。これからPERFECT DAYSをご覧になる方々の心の中にも、何かが芽生え、それが少しでも良い方向に気持ちや行動を変化させるものであって欲しいと切に願っています」
「PERFECT DAYS」は、12月22日(金) よりTOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショーで公開中 /(c) 2023 MASTER MIND Ltd.
もちろん「PERFECT DAYS」は、映画としてのクオリティも完成度もかなり高い。さすがヴィム・ヴェンダース監督と思わせる、心に深く刻み込まれる作品だ。企画・製作した柳井氏にとっては、ほとんど初めての映画プロデュースだったが、早くもカンヌ国際映画祭の受賞作品となり、今後もどんな作品を送り出してくれるのか大いに気になるところだ。
連載 : シネマ未来鏡
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