経営・戦略

2023.12.09 14:00

「三方よし資本主義」を標榜。伊藤忠を変えた現場視点の経営哲学

Forbes JAPAN編集部
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「ロイヤルティをもて」は通用しない

岡藤が考えるいい会社をさらに掘り下げてみよう。人的資本経営が注目を集めているが、岡藤は「社員がロイヤルティをもってくれる会社がいい会社」と言う。

「もちろん会社が一方的に社員に『ロイヤルティをもて』と言うだけでは愛情をもってくれません。まずは会社が社員に対して、ほかの会社よりうちがいいと思われるような動きをしないといけない」

社員にロイヤルティをもってもらうために力を入れてきた施策がふたつある。ひとつは健康経営。がんで闘病していた社員の死をきっかけに、がんの特別検診や、がんと仕事の両立支援制度を導入した。

もうひとつは、朝型勤務だ。昔はモーレツに働くことが商社の誇りだったが、今は長時間勤務が忌避される。ただ、単に時短にするだけでは稼げなくなる。生産性を高めるために13年に導入したのが朝型勤務だった。

「最初は不評でしたよ。フレックスで10時に来て、新聞を30分読んで、『そろそろランチか。食堂行こ』と言うとる社員もおったから。文句たらたらの匿名メールもたくさん来ました。朝だと食事の準備が大変だし、残業代で生活してたから困るというわけです。だから朝来たら残業代は1.5倍にして、食事の提供も始めた。すると、早ければ3時に『お先に』と帰れる。今はもう、元には戻れないという社員ばかりです」

早く帰れば家族と過ごしたり自己研さんに充てたりと、一人ひとりが自分の人生を充実させるために時間を使える。朝型勤務は多様な働き方が求められる時代にふさわしい制度だ。

一方で、リモートワークに懐疑的なのは岡藤らしい。コロナ禍ではリモートワークを導入したが、感染が収束するといち早く原則出社の方針を打ち出した。「在宅は生産効率が落ちまっせ。画面の下はみんなパジャマでしょ。なかには画面切った途端に横になって、横に子どもがいたら遊んでしまうこともありますわな。そうなると効率は7掛けくらいですわ。そもそも商社は人に会わないとダメ。スクリーン越しだと肌感覚がいまひとつわからへん」

副業に対する考え方も独特だ。伊藤忠は22年10月からバーチャルオフィス制度をトライアル導入した。希望する社員はオンラインで週5時間、本業以外の案件に従事できる社内兼業制度で、トライアル時には40人、23年4月の本格導入後は約80人が制度を利用している。フェムテックビジネスの取り組みが始まるなど、バーチャルオフィスからの新規事業創出に期待がかかる。

「副業はどっちつかずで中途半端でしょう。本当にその人間が成長できるかどうか疑問です。かといって、新規事業開発室みたいに組織ありきなのもダメ。うまくいかなかったときに元に戻られへんからね。バーチャルオフィスはダメだったら戻れるし、うまくいきだしたら本人の希望でそっちにいってもいい。社員からすると、組織のなかで違う領域に挑戦するほうが思い切ってやれると思う」

働き方改革といっても、単に楽をしたり楽しいことをやるのは改革ではない。大切なのは生産性向上や本人の成長につながるかどうか。その軸に共感する社員には、伊藤忠は居心地のいい会社だろう。

あるべき論は誰でも言える

いい会社には業績や社会貢献、社員のロイヤルティなどさまざまな要素があるが、岡藤は「たくさん言いすぎるとピンとこない。簡潔に言うと、親、兄弟、親戚が『誰々ちゃんがあそこに入ったよ』と誇りに思える会社がいい会社。それを目指せばいい」と説明する。

その意味で特に気にしている指標がある。学生の就職人気企業ランキングだ。
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文=村上 敬 写真=ヤン・ブース

この記事は 「Forbes JAPAN 2023年12月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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