伊藤忠商事には「社友会」というOB・OG組織がある。会長CEOの岡藤正広は、社友会メンバーからの手紙を楽しみにしている。これまでに多数の人から、「いい会社にしてくれてありがとう」という感謝がつづられていたことがあったからだ。
「大学時代の友人でほかの商社で働いていた人から『伊藤忠は変わった』と褒められて、自分は鼻が高いという話でした。これはうれしいわな。業績を良くしたり時価総額で上を目指すのも、“ええ会社”と言われたくてやってますから」
岡藤がいい会社と評価されて喜ぶのは、かつてはそうではなかったことの裏返しでもある。社長就任は2010年。当時は商社の中で万年4位。ある取引先に社長就任のあいさつに行くと、待たされたあげく、相手の社長は腰を下ろすことなく立ち話で済ませて帰っていったという。
あれから13年。伊藤忠は21年3月期決算で、株価、時価総額、純利益の3つで五大商社トップとなる「3冠」を初めて達成した。資源高の影響で、非資源の割合が大きい伊藤忠はその後2年は首位を明け渡しているが、それぞれの指標は3冠達成時より伸びている。投資の神様ウォーレン・バフェットが日本の五大商社の株を取得して話題になったが、23年4月の来日時、真っ先に会ったのが岡藤だった。堂々の“ええ会社”である。
ただし、株価などの指標は、いい会社の一面に過ぎない。岡藤は、いい会社について次のように語る。
「もちろん稼がなければダメですよ。でも、稼ぐだけでもダメ。定量・定性の両面でいい会社を目指さなければいけません。最近はステークホルダー資本主義というらしいけど、横文字でわかりにくい。ひらたく言えば、”三方よし”でしょう」
三方よしのひとつが「世間よし」だ。岡藤は社会貢献についてこう話す。
「当然のことながら意識しています。社会主義の国と違って、資本主義の国では企業単位でやっていく。ですからSDGsの問題は、まず企業がサステナブルでないとダメ。企業にも規模や得手不得手がありますから、それに応じてできることをやっていくことになると思います」
商社だからできることのひとつがエネルギーシフトだ。伊藤忠は脱炭素を進めるため、21年4月、コロンビアのドラモンド炭鉱の権益を売却した。
「石炭はものすごく値段が上がりましたから、継続保有していたら1年で数百億円は儲かった可能性はあります。でも、大きな出血を伴ってもやるんだと伊藤忠の真剣度を示すことが大事。小さなものをコツコツやるより、コアになってるものを大きく変えれば、自分たちも追い込まれて変わらざるをえない」
実際、ビジネスは変わりつつある。今年6月、伊藤忠は北米の再生可能エネルギー資産に投資する国内最大級のファンドを三井住友信託銀行と共同で立ち上げた。社会貢献につながる新しいビジネスを模索する様からは、「稼がなければダメだが稼ぐだけではダメ」という、岡藤のいい会社像が見えてくる。