近年、起業家の評伝や自伝の映像化が定着しつつある。『facebook 世界最大のSNSでビル・ゲイツに迫る男』(邦訳:青志社刊)の著者、ベン・メズリックのように映像化を前提に執筆するケースもあるほどだ。アイザックソンは、アップル共同創業者スティーブ・ジョブズの評伝『スティーブ・ジョブズ』(邦訳:講談社刊)が映画化されたこともあり、この展開を予想していた読者諸賢は少なくないだろう。
筆者が、イーロン・マスクを米テスラ本社で見たのは2013年春のことだった。夕刻で、オフィスに社員はほとんど残っていなかった。数十ものデスクが一面に並ぶフロアを見渡すように、壁側に数室ほどガラス張りの個室が並ぶ。その一室に彼はいた。おなじみの白Yシャツにジャケット、デニム姿で、机の前に立ち、手元の書類に目を落としていた。
帰り際、再びマスクを見かけた。今度はオフィス正面の車寄せで、来客と思しき人々を握手で送り出していた。想像していた以上に上背があり(編集部註:推定186cm)、がっしりした骨格で、自信みなぎる笑顔が印象的だった。
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イーロン・マスクはなぜビリオネアなのか?
筆者はマスク本人をインタビューしたことはなく、今もその人となりについてはForbesの同僚や、他媒体を通じて報じられたものでしか知らない。そして、テスラのオフィスで見たときの印象が強いため、次のニュースのほうが気になった。それは、同社が“マスク依存”のリスクを抱えており、それが株主の懸念を呼んでいる、という報道である。
組織を属人化させず、永続させる──。これはすべての会社と、その経営者にとって不可避な課題である。記事を読んでふと思った。マスクのいない、テスラやスペースX、スターリンクはどうなるのだろうか? あの日、社員もまばらな広大なオフィスフロアで一人残って仕事をし、来客を送り出していた“ワーカホリック”なマスクの姿が今も目に焼きついている。