牧畜で生きる家族、保護動物を守る立場の「公」、そしてそれを傍観するメディア。これらの対立の構図がチベットの山間の村を舞台に、絶妙な演出で描かれる。そこには現代社会が孕む深刻な問題が縮図のように映し出されているようにも思える。
物語はチベットの雄大な自然のなかで展開される / 映画「雪豹」より
今回のコンペティション部門の審査委員長でもある映画監督のヴィム・ヴェンダース氏は、個人的にも最も感銘を受けた作品は「雪豹」だとして、次のように語っている。
「最初から、とても新鮮なスタイルで語られている作品で引き込まれました。いままで見たことも聞いたこともない物語だったという驚きもあります。審査委員全員がファンになってしまうくらいキャストの演技も好ましく、センスの良い笑いもあり、とにかく素晴らしい作品だと思います」
コンペティション部門審査委員長のヴィム・ヴェンダース監督
ちなみに作品に登場する「雪豹」は、もちろんCGで描かれたものだったが、それについてもヴェンダース氏は「デジタルの視覚効果もとてもリアルで、説得力のある形で表現されていました」と語っている。
チベット映画の先駆者的存在
東京グランプリに輝いた「雪豹」だが、残念ながら監督のペマ・ツェテン氏の姿は受賞のセレモニーの会場にはなかった。それというのも、ツェテン監督は、今年の5月8日に53歳で急逝していたからだ。ツェテン監督は、チベット映画の先駆者的存在であり、これまでに国内外の映画祭で40以上の賞を受賞している。代表作は「タルロ」(2015年)や「羊飼いと風船」(2019年) で、前2作品と「オールド・ドッグ」(2011年)は東京フィルメックスのグランプリを受賞している。
また「轢き殺された羊」(2018年)は、第75回ヴェネチア国際映画祭オリゾンティ部門の脚本賞を受賞した。チベットの後進の新人監督の育成にも力を入れ、2021年の第34回東京国際映画祭のコンペティション部門に出品されたジグメ・ティンレー監督の長編デビュー作品「一人と四人」ではプロデューサーも務めた。
惜しくも5月に逝去した「雪豹」のペマ・ツェテン監督
受賞のセレモニーには、出演した俳優のジンパ、ション・ズーチー、ツェテン・タシ、そしてエグゼクティブ・プロデューサーのジョウ・ハオが出席。「ツェテン監督がこのような素敵な場所に連れてきてくれました。これからもしっかりと監督の意志を伝えていきたい」と一様に感謝の意を語っていた。