さまざまな働けない理由を抱える人たちが、6カ月の就農支援プログラムを通して、農家や社会で活躍できる人材になって巣立っていく。「人手が足りない農家」と「働き口のない人」を結びつけて、お互いに助け合うというシンプルな発想から始まったこの取り組みは「農スクール」と呼ばれ、今年で12年目を迎えた。
農スクールの代表を務めるのは、神奈川県藤沢市の郊外で農家を営む小島希世子氏。これまでに114人の卒業生を輩出し、その約半数が就職。さらにその半数が新たな農家の働き手となった。中には10年以上引きこもっていた人が、就職して自立できたという例もあるという。
働きたくても働けなかった人たちが、なぜ農業をきっかけに社会復帰できるようになるのか。農業によって人はどのような影響を受けるのか、小島氏に話を聞いた。
農業は貧困を救えるか
「職と農をつなげる」その着想の源は、幼少期にドキュメンタリー番組で目にした、アフリカで飢餓に苦しむ人たちの姿だった。熊本の実家で農家に囲まれて育ち、常に旬の食べ物に恵まれ、冷蔵庫を開ければたくさん食べ物が入っていた。しかし地球の裏側では、食べ物がなくて人が死んでしまう世界があるという現実が、小島には衝撃だった。
「自分で野菜を作ることができれば食べ物に困らない」。そう考えた小島は、小学校2年生にしてアフリカで農業に従事することを夢見て、国際協力や食料問題を学ぶ大学に進学。そして上京してみると、都心にはホームレスの人たちがたくさんいた。食べ物が溢れているはずの日本で、食事や生活に困っている人たちの存在を目の当たりにし、「日本でもやるべきことがある」と思った。
ホームレスをファーマーに
小島は大学を卒業後、農業関連企業を経て2008年に農家として独立。地元熊本の野菜を全国の食卓に届ける通販事業や、週末に野菜作りが体験できる家庭菜園塾(現・コトモファーム)を立ち上げた。そこで、平日に畑を管理できる人がいなくて困ったときに、3人のホームレスをアルバイトとして雇うことにした。当時はリーマンショックの煽りを受け、多くの労働者が仕事を失い、思いがけずホームレスになった人たちは家も自信も喪失していた。しかし、日雇い仕事で数々の肉体労働を経験してきた彼らは、農業界ではまさに即戦力。「野菜を育て上げる」という経験を通して自信を取り戻し、正社員として就農する人も出てきた。