農には人生を再生する力がある
10年以上引きこもっていた人、精神疾患を抱えている人、事故で片手が不自由になって夢を諦めた人、読み書きができない人、親から虐待を受けていた人……。畑にはさまざまな悩みや不安を抱えている人が集まってきた。1人ひとり苦手なことも得意なことも違えば、背景も価値観も異なる。それぞれの個性やペースに合わせて、新しいことに挑戦する機会を作りながら、自分にできることを見つけていく過程に小島が伴走する。
そうして小さな成功体験を積み上げ、色々なことに前向きになってくると、話し方や顔つきまでもが別人のように変わっていく。「その変身ぶりを見るのがたまらない」と小島は目を輝かせる。自分が育てた野菜を食べた人に喜んでもらえること、感謝されることは、彼らにとって大きな自信になり、生きる活力にもなっていた。
大事なのは適材適所
参加者それぞれの「働けない理由」に寄り添う中で、小島は1人ひとりの強みを見つけ、伸ばしていくことに力を注ぐ。大事なのは適材適所であり、ある畑では芽が出なかった種が、違う畑に移すだけで芽が出るのはよくあること。それは人も同じだということを、小島は身をもって体感していた。人と話すだけで汗が止まらないほど対人恐怖症だったとある参加者は、農スクールを卒業後、畜産農家に就職した。感受性が高く、周囲に極度に気を遣ってしまう彼は、普通の人には気づけないような牛の体調不良を感知することができた。日々100頭ほどの牛を世話し、話すのは上司1人だけ。人と接するストレスから離れて、心穏やかにやりがいを感じながら働いているという。
農スクールを経て農業が気に入った人は、複数の農家で現場を経験するステップに進むことができる。就職前の体験によって、あらゆる側面からミスマッチを未然に防げるようにする。本人の特性と仕事内容が合うか、受け入れ側の農家との相性はどうか、彼ら自身が自分で吟味できる機会を作ることに小島はこだわる。雇い主とのコミュニケーションは、最も大きなボトルネックになりうるからだ。
農に関わる人はすべて幸せになる
卒業生の中には、農業以外への就職の道を選ぶ人も半分近くいる。当初は農業界の人手不足を解消することを目的のひとつにしていたが、「今はそれでいい」と言い切る小島は、さらなる農業の可能性を見据えている。何事にもやる気がなかった人が、農作業をするうちに自ら率先して動けるようになる。「どうせ自分には無理」と諦めていた人が、「自分にもできるかも」という希望を抱けるようになる。そんな気づきや変化を得られる場所が農業が果たすべき役割であり、「農に関わる人みんなが幸せになる」ことが、小島の目指すビジョンだからだ。
「農作業を通して自分に自信を取り戻したり、働こうという意欲を持ってもらえたり、将来の夢ができたり、元気になってもらえたりすることが、どれも本当に嬉しいですね。もちろんその就職先が農家だったら最高ですけど!」