「好きだから長くやり続けたい」
農スクールの取り組みは、2019年に農林水産省の労働力確保のモデル事業にも選ばれた。また、農水省が厚生労働省と連携して推進し、障がい者等の農業分野での活躍を通じて社会参画を促す「農福連携」の事例としても紹介されるようになった。自治体や自立支援事業者の依頼で、農業を活用した就労訓練プログラムも提供するようになり、現在は全国10数か所の自治体で同様のプログラムが実施されている。しかし、小島にとっての農スクールは福祉事業でもなければ、生活困窮者への支援事業でもない。あくまで主軸は農業におきながら、困っている人の足りないピースを掛け合わせることで形作られてきた図式だ。通販サイトや体験農園など複数の事業を運営しながら、大きな投資もせずに身の丈にあった運営をしてきたからこそ続けてこれた、と小島は振り返る。
「大きくなることを“成長”と呼ぶのなら、たしかに成長できていないのかもしれない。だけど、自分の哲学を大切にし続けながら、年輪みたいにじわじわ成長する。大切な人たち、支えてくださる人たちの中で、自分も会社も共に歳を重ねていくのが理想ですね。何より楽しいからやってるっていうのが大きい。この仕事が好きだから、長くやり続けたいんです」
毎日畑に出て、畑で出会う人たちとの時間を過ごす中で、小島は1日1回は必ず「幸せだなぁ」と感じるという。野菜を食べて美味しいと喜んでくれる声。畑で楽しそうに作業する人たちの顔。農作業をやっているうちに自分らしさを取り戻して変わっていく姿……。それらの瞬間を目撃することが、小島にとって大きな糧となり、農業を通してそのパワーはさらにたくさんの人に伝播していく。
そんな日々を1日でも長く続けるために、1人でも多くの人を農業で幸せにするために、今やっていることを持続可能なものにする。それが小島の目指すサステナビリティであり、根っこにある哲学とも言えるかもしれない。
農の可能性を誰よりも信じている小島は、誰かの困っている声や足りないピースを掛け合わせて、きっとこれからも新しい畑を開拓し続けるだろう。そしてまた誰かがそこで芽を出し、育っていくという循環によって、小島の農園はずっと実り豊かな場所であり続けるに違いない。
小島希世子◎神奈川県の野菜農家(認定農業者)。えと菜園代表・「NPO農スクール」代表理事。慶應義塾大学を卒業後、神奈川県藤沢市で体験農園・貸し農園「コトモファーム」の運営や新規就農者・半農半Xを目指す人向けの農業研修、熊本県から農家直送の通販サイト「えと菜園オンラインショップ」の運営などを行っている。2013年にNPO法人農スクールを設立。著書に『ホームレス農園』(河出書房新社)。