冷血漢は軍事戦略をつくれない
北野:『孫子の兵法』などのいわゆるビジネス戦略書にどんな感想をもちますか。小泉:平時における優れた将軍は、優れた社長と変わらない資質です。巨大組織のマネジャーであるという点で同じような仕事になってくる。「問題だらけの職場を回すには?」とか、まさにビジネス書の世界。僕は戦略研究学会の理事ですが、そこにはビジネス戦略の研究者もいます。
ところが、実際のオペレーションが始まった後ではまるで違う。例えば、スーパーマーケットの社長が競合のスーパーへ殴り込みをかけたりしないわけですが、軍隊の場合はそれをするわけでしょう。
北野:ちなみに北朝鮮をどう解釈されますか。
小泉:真正面からアメリカと殴り合っても勝てないので、おそらく最小限抑止という考え方を取っています。核戦略では「耐えがたさ」と「受け入れがたさ」を区別します。これだけの規模の打撃を食らったら近代国家は息ができなくなるという「耐えがたさ」は数量的に見積もれる。しかし、中小の核保有国は大国を物理的には滅ぼせないので「受け入れがたさ」を考えます。数は多くないミサイルを移動化する。難しくても潜水艦に載せる、湖の底や列車から撃つ。1、2発は生き残って、日米韓の国民を確実に数十万人殺せるように準備して「それを受け入れられますか?」と突き付ける戦略です。
軍事戦略家は血も涙もない連中と思われがちですが、むしろ人間性がないと抑止理論は考えられません。「相手は何が嫌なのか」がわかるから抑止できる。本当の冷血漢は、軍事戦略をつくれないのです。
北野:昨年娘が生まれたことで、僕は明確に「戦争は受け入れがたい」と思うようになりました。
小泉:僕も子どもができて「この子が爆弾で死ぬのは絶対に嫌だ」という気持ちをもちました。自分ごととして安全保障や軍事を考えないと、右の話も左の話も変になります。子どもをもたない人、なんらかの理由で子どもをもてない人もいます。日常できっかけをもたない人が、戦争というものを地続きで考えてもらうにはどうしたらいいか。我々みたいな立場の人間が言葉を尽くして語るしかありません。
北野:軍事アナリストという職業をアップデートするためにどんな実践をされていますか。
小泉:ミーハーであること、なるべく腰が軽いことが必要です。いろんなものに手を出してみないとアナリストは置いていかれる気がします。一方で、強い執着をもたなければいけません。1つのものを追いかけ続け、スパイラル状にアップデートさせる。そんな「垂直型のアップデート」と、発散するように視野を広げる「水平型のアップデート」。2つのバランスが大事ですね。