新谷:月その他の天体を含む宇宙空間は、「領有できない(主権の主張、使用もしくは占拠またはその他のいかなる手段によっても国家による取得の対象とはならない)」と宇宙条約に明記されています。しかし、なんらかの開発において、たとえば基地をつくるとき、「早い者勝ち」が起きることは目に見えています。たとえば月面着陸は、米国、ロシア、中国、インドが成功させ、日本は5番目となるべく本年9月に無人月面探査機、着陸機を打ち上げました。開発競争において、日本は先頭集団にいるといえます。
月の開発拠点設営に関する「国際的ルール」は──
新谷:しかし、月の開発競争において、今後どういうプロセスで開発の拠点を設けていくかというルールは、国際的なコンセンサスがある状況ではありません。これは恐ろしいことで、地球で起きた領土の取り合いを月でまた繰り返すのか、という議論にもなり得ます。月の開発の問題は、さらに深宇宙、つまり火星などを目指す際の拠点をつくる話にもつながります。また、衛星をつくったことがなければロケットを打ち上げることもできないような、宇宙空間へアクセスする能力をもたない国々に対してどう考えるのか、という問題もあります。月で採取できるかもしれない希少資源などの扱いをどうするのか。
日本は「宇宙資源法」という国内法で他国への配慮を宣言しているのですが、他の国が今後どう対応するかは不透明な状態です。
──国際法としての宇宙法制定に関する「世界の勢力図」はどうなっているのでしょうか。米国がリーダーシップを取っているという理解は正しいでしょうか。そして、イギリスはなぜ、勢力を増しているのでしょう。
新谷:アメリカに関していえば、一国として持つ技術力も民間の力も圧倒的なので、業界のリーダーとして「とかく発言力を持ちたがっている」という事情は明らかにありますね。
逆に日本は、先頭集団にいるにもかかわらず、国際的なルールメイキングの主導権を握ろうとする意思がやや弱いように思います。「自分たちは技術的にこれができるから、宇宙開発においてはこういう世界にしよう」と、もっと発信していっていいはずです。
イギリスは立法の仕方が上手で、法律の中身も素晴らしい。長らくEUに属していたので、宇宙開発に関しては、歴史も力もある他のEU諸国に任せていた面がありました。しかし、宇宙で得られる衛星データなどは安全保障の問題に直結しますし、自分たちで情報力を持つことが非常に重要です。
イギリスはそのことにいちはやく気づき、2020年のEU離脱、ブレグジットの前後で独自の取り組みを始めました。国として「2030年までに宇宙産業で世界市場の10%を取る」と宣言までしています。当然、国家予算をつぎ込みますし、ルールメイキングでも最先端をいこうとする。これらはきわめて賢いふるまいであると思います。
──宇宙ビジネスの今後の展望、そして日本の勝ち筋はどこにあるでしょうか。
新谷:宇宙産業の市場規模は、2023年には世界で約56兆円ほどでしたが、2030年には100兆円弱まで成長すると見込まれています。これは現在の半導体産業と同等以上になる可能性があるということです。日本は宇宙先進国の一角を担ってきましたが、日本政府は2030年代早期に、現在の国内市場規模の約2倍である8.0兆円にすることを目標としています。
宇宙への輸送手段である「ロケット打上げ」そして、地球観測、位置情報提供、通信などの役割を担う「衛星の製造、運用」、さらには宇宙から得られる「衛星データ利用」などの宇宙活動がありますが、これから大きくなる分野、儲かる分野は 1.輸送と 2.通信衛星コンステレーションがあると考えられます。2.に関しては、ウクライナ侵攻においてSpace XのStarlinkが衛星インターネットサービスを提供したというニュースをご覧になっていると思いますが、現在世界では、数千機単位の小型通信衛星を低軌道で相互につなぎ、地上に超高速のインターネット通信を提供する、いわゆる「通信衛星コンステレーション」ビジネスが複数走っています。このサービスが構築されると、未だインターネットに未接続である世界人口4割程度の人々がネットワーク利用をするようになり、地上の産業にも大きな影響を与えるものと考えられています。
そして1. の輸送です。いずれ地球上の二地点間の移動も、宇宙空間を通ることが考えられており、人間の地球上における輸送手段に一つ選択肢が増えます。その場合、日本に離発着場がなければ世界からおいて行かれる、アジアのハブを取るべきだと考えているのが宇宙港の構想です。
日本は様々な産業基盤がある中で、宇宙産業に多くの非宇宙企業が参入を始めています。その際、日本の技術力を生かしつつ、世界の宇宙開発において日本がいなければ困るという部分を一つでもいいから獲得してしまうことが必要だと考えています。宇宙ビジネス特有のリスクに気を付けつつ、世界の動きを見て機敏に市場を取るスピード感が益々重要になると思っています。