店で扱う商品は、最初の10年間は主にほかのブランドの衣料品だったが、95年ごろからは自社ブランドに切り替えていった。これは利ざやを広げ、顧客にラグジュアリーな経験を提供する意味で決定的な決断になった。アリツィアは現在、10以上の自社ブランドを含め、異なる価格帯や年齢層に合わせ、ほぼすべての衣料品を自社でデザインしており、独自の店を展開する商品ラインもある。仕事用の服、夜の外出用の服、それに土曜の午後に家でくつろぐための普段着まで揃っているのだ。
コロナ禍は、多くの小売業に大混乱をもたらしたが、アリツィアにとってはチャンスとなった。ソーシャル・メディアに助けられたのだ。TikTok上で148ドルの人工皮革製メリナ・パンツが3500万回を超えるビューを記録したのを受け、アリツィア内部でも余剰となった販売員をウェブサイトの運営に回したり、ステイホーム用に快適な服を提供すべく素早く動いたりした。アリツィアのオンライン・ショップへのアクセスは今後も増えるとヒルはみている。
「さすがに、コロナで小売業が絶滅すると思ったなどとは言いませんが、それでも存在意義がはるかに小さくなると思っていました」(ヒル)
ところが、ブティックの営業を再開してみると、意外なほど多くの人が実店舗に足を運んでくれた。アリツィアの商品をオンラインで知った客も、実店舗にやってくるようになったのだ。
明るい兆しはほかにもあった。一等地の不動産価格が急激に下がったのだ。アリツィアは昨年、マンハッタンで最大級の小売物件賃貸契約を結んだ。ミッドタウンにある旗艦店を5番街と49丁目の角の3000m2超の物件に移転する予定だ。2019年までトップショップが入っていた場所だ。シカゴでは高級店が立ち並ぶミシガン・アベニューで、過去7年間で最大の賃貸契約(4200m2超)を締結した。ほかにもあと5つの物件の賃貸契約が締結間近で、さらに100の物件を検討中だ。今後4年で毎年8~10のブティックを米国でオープンする計画だ。
過度な拡大は危険だが、ヒルは気にしていない。「2008年の世界的金融危機も、その後の景気後退期も乗り越えてきましたし。事業をしっかりと進めていれば、それで大丈夫なのです」(ヒル)
アリツィア◎1984年創業のファッションブランド。本部はカナダ・バンクーバー。「手が届く価格」で「日常にラグジュアリー感」をもたらすファッションの提供を目指し、10以上の自社ブランドを展開。コロナ禍でもTikTokなどを通じて売り上げを増やしたが、体験を提供する場としての実店舗を重視している。
ブライアン・ヒル◎カナダ・バンクーバー出身。衣料品店を買収、経営したアイルランド移民の祖父、それを継いでデパートを開業した父親をもつ。1984年にアリツィアを創業。22年にCEOを退き会長となったが、依然70%の議決権を有す。個人資産は、同社の株式の19%とIPO後の株式売却益推定合計9億5000万ドル。