当初は気後れすることもあったスーだが、程なくして、技術的な見識が自分を優位に立たせてくれることに気づいたという。スーは17年に母校の卒業式で行ったスピーチのなかでこう語っている。
「MITの博士号は、ハーバードのMBA(経営学修士号)に対して効果的だったのです。正直、私にはその理由がさっぱりわかりませんでしたが」
11年末にスーは、当時AMDの取締役だったIBM時代の大先輩からある提案を受ける。数日後、スーはAMDのグローバル事業部門のシニア・バイスプレジデント職を引き受けていた。そして2年後には大手半導体企業初の女性CEOとなった。
CEOに就任してすぐ、スーは創業者であるサンダースに自分のチームに話をしてほしいと頼んだという。サンダースはその申し出に心を打たれたものの応じず、「いまは私のチームじゃない。きみのチームだ」と伝えたという。ただし、サンダースは対案を提示した。AMDが2年間黒字を達成できたら、スピーチをしようというのだ。そして19年、偶然にもAMDの創業50周年を記念するこの年に、サンダースはその約束を果たした。
AMDでの成功で、スーは若いエンジニアにとっては励みに、投資家にとっては英雄になった。さらに、ネット上ではミーム(ネタ)にもなっている。数年前には、スーがAMDのチップ「Ryzen(ライゼン)」を使ってスーパーヒーローに変身したり、目からレーザー光線を発射したりする8ビットアニメがツイッターでバイラル化した。
顧客がいずれ競合になったとしても
AMDを回復させ、活性化させたいま、スーが集中しているのは、極めて競争の激しいチップ市場での同社の未来を確実なものにすることだ。スーがコツコツとAMDの事業を再構築しているあいだも、エヌビディアの共同創業者ジェンスン・フアンは、同社がAI用演算能力の提供で選ばれる事業者になるよう精力的に取り組んでいた。スーの遠縁にあたるフアンは、チャットGPTのようなAIツールを支えるチップの販売はドル箱になると考えている。チップ需要のおかげで、エヌビディアの株価はすでに過去最高水準近くまで跳ね上がり、株価収益率(PER)は64倍。これは、AMDの倍近い数字だ。
調査会社バーンスタインのアナリスト、ステイシー・ラスゴンはこう指摘する。
「それが、投資家がAMDに目を向けている理由です。エヌビディアの廉価版を求めているのです。もしかすると、両社が競争せずにすむほど市場は大きいかもしれません」
しかし、スーは競争するつもりだ。AMDの地位を強化するために行っている毎年のチップのアップグレードに投資することで、AIを主眼に置いたエヌビディアのGPU、H100に挑むのだ。スーがトップに就いてから、AMDの研究開発費は4倍近く増え、50億ドルになっている。これは、スーがCEOとなった当時の同社の全収益に匹敵する額だ。
テネシー州のオークリッジ国立研究所の新しいスーパーコンピュータは、スーが情熱を注ぐプロジェクトのひとつで、22年に完成すると世界最速のスパコンとなった。この画期的なマシンは、毎秒100京回以上の計算処理能力をもつように設計されており、AMDのAI用チップの実力を示す場となっている。また、エヌビディアの新しいスーパーチップに対抗する、CPUとGPUを融合させたチップMI300が、今年の終わりに出荷されることになっている。