洪水は、ワジ(雨季の降水時にのみ水が流れる涸れ川)の扇状地や三角州に築かれた町や集落を押し流した。最も被害の大きかった地中海沿岸の港町デルナでは、全建築物の3分の2が破壊され、多数の人々が犠牲となった。
米ノースイースタン大学のアウループ・ガングーリー教授(土木・環境工学)は、「インフラはこうした事態に備えておかなければならない」と指摘する。
予測可能だが起こりそうになく、いざ起これば長期的に重大かつ広範囲な影響を及ぼす事象を、専門家は「グレースワン(灰色の白鳥)」と呼ぶ。現代のダムや貯水池など、洪水を制御するためのインフラは、過去100年間に人類が経験した気象条件に耐えられるよう設計・建造されている。しかし、気候温暖化が進むにつれて、これまで分かっていなかった規模のグレースワン現象が発生する恐れが強まっている。
地中海で嵐が起こるのはめずらしくないが、米航空宇宙局(NASA)によると、暴風雨ダニエルの豪雨は、観測史上最高を記録した海面水温によって激しさを増した可能性が高い。リビアでは、さまざまな政治的・軍事的派閥が統治権を争い、10年間にわたって紛争が続く中、インフラ整備がおろそかになって洪水被害が悪化した。しかし、気候温暖化は建設資材に余計な負荷をかけ、構造物の性能や耐久性を低下させる。
「長期的な気候変動や気候変化は、水力発電インフラやダム、貯水池の設計に影響するだろう」と、水、気象、気候システムのデータ駆動型分析が専門のガングーリー教授は述べた。これは世界中のダム事業者が抱える問題だという。
「根本的な(洪水の)引き金は、ダムと水力発電所のインフラにおいて、長期的には設計上の検討事項として、短期的には被害管理の観点から、備えができていなかったことにある。これは世界の多くの地域に当てはまる」