「なぜ、150年以上も前につくられた木箱でハチを育てているのだろう?」2017年のある日、イスラエルの商業養蜂家イリヤ・ラドジナーは、畑にあるミツバチの巣箱の様子を見に行ってふと思った。彼が管理するミツバチは、農場の生き物だが家畜とは異なり、女王蜂を中心に巣箱内でコロニーをつくって生活をする。
彼はミツバチが生み出す蜜で生計を立てており、そのミツバチはこの地球の生態系を支えている。急激な温度変化や病気、寄生虫は大敵で、管理には細心の注意が必要になる。なのになぜ、いまだに「木」でできた養蜂箱を使っているのか。
ミツバチの謎の大量死が起きている─。そう警告したローワン・ジェイコブセン著『ハチはなぜ大量死したのか』(邦訳:文藝春秋刊)が08年に出版されると、ミツバチの死滅やコロニーの消失は世界的に話題を集めた。「蜂群崩壊症候群(CCD)」と呼ばれるこの現象は、気候変動や農薬、疾病、寄生虫、栄養不足など、原因はさまざまあるとされているものの、地球環境の深刻な変化を表す象徴的な出来事となった。
ポリネーター(花粉媒介者)であるミツバチは、人間が食べる果物や野菜、ナッツの75%を受粉している。しかし、ミツバチのコロニーは世界全体で毎年約35%も失われている。受粉活動が滞ると、連鎖反応的に生態系に悪影響が及び、世界経済に影響する。例えば、米カリフォルニア州で果実や農作物が生産不足に陥り、輸出量が減って、輸出先の物価上昇につながる。
米国では果実の生産不足を危惧して、「レンタル・ミツバチ」を利用する農家が増えている。レンタル業者は、受粉の季節に米各地からトラックで養蜂箱をカリフォルニア州の農家まで運搬してミツバチを放ち、また回収している。ミツバチは、世界の経済活動を支える「季節労働者」なのだ。
しかし長時間のトラック移動はミツバチにとっても、輸送・管理する人間にとっても負担となる。そして、その箱はやはり「木」でできているのだ。
「可視性が低く、管理が難しい、ただの木の箱です。 外見は白いですが、中で何が行われているかわからない“ブラックボックス”なのです。巨大な農場の場合、養蜂家や農家はクルマで移動して養蜂箱の見回りをしなくてはいけません。行って初めて投薬が必要だとわかることもあります。人間が毎日、ミスなく管理するのは不可能です」
そう話すのは、Beewiseの共同創業者兼CEOのサール・サフラだ。ソフトウェアエンジニアで連続起業家の彼は、18年に前述のラドジナーと出会い、同社を立ち上げた。そして、AIとコンピュータ・ビジョン、ロボティクスを組み合わせ、多くが木製だった養蜂箱を21世紀型にアップデートしたのだ。
同社が開発した「BeeHome(ビーホーム)」は、太陽光発電で動くブリキ製の巣箱で、温度調節機能を備える。より多くのコロニーを収容するため従来の木箱より大きいが、トラックの荷台に載るサイ ズだ。内部にはロボットアームがあり、それがコンピュータ・ビジョンとAI、ニューラルネットワークを駆使して、水やエサやり、投薬などをする。農薬や、外気の急激な変化に対応できるよう、遮蔽型のフラップも付いている。