経営・戦略

2023.07.26 17:30

地経学リスクを読み解け! 経済を兵器化する世界との対峙法

──ばらつきの大きいなかで企業への一律的な基準の押し付けは難しそうです。

塩野誠(以下、塩野):日本企業の平均値でいうと、三菱電機のようにしっかりと対応しているところは非常に特殊でしょう。多くは、いままでは政府に任せておけばいいと思っていたような事象が、自社で考えていかなければならない、というリスク認識に変わってきたところ。株主やステークホルダーから、例えば米中デカップリングや人権デューデリジェンスについてどう考えるのか、といった問いも投げられるようになってきました。

では、自社でどのようにリスクを認定して、それをモニタリングしていくのか。そのための人とノウハウの確保と構築が必要ですが、その問いにはまだ明確な答えがありません。政府にルールを設けてもらって、それに適合していれば自分たちは大丈夫だと言えればいいですが、それだけでは先述のようなビジネスや事業計画におけるリスク認識は説明できません。やはり、自社で人とノウハウが必要だと考えている段階だと思います。


米国では政府が先行して安全保障規制を決めますが、日本はスピード感はないものの、それほど乱暴に決めることはありません。ただし、企業からすると、日本のルールがないというのは困ります。人権問題では、英国が現代奴隷法を制定し、米国ではウイグル強制労働防止法ができ、EUは企業持続可能性デューデリジェンス指令案を公表しました。日本にも人権尊重のためのガイドラインはありますが、義務ではなく企業の自主性に任せられています。日本政府と企業の間でガイドラインと具体的な運用に関する議論をもっと濃密にすべきだと思います。

国際情勢が刻一刻と変化し、諸外国の規制が制定されるという現実に企業が追いつけなくなっています。新しい官民のフレームワークで、企業側が予見性を持てるガイダンスを、米国や欧州の動きを見ながら、日本政府と産業界が共有化するようなフレームが必要です。それをいま企業側がいちばん望んでいると思います。

──三菱電機では、法律の制定前、ほかの企業に先駆けて2020年に経済安全保障統括室を設置されました。設置のきっかけを教えてください。

日下部:きっかけはトランプ政権下で具体化した経済安全保障上の広範な規制で、この規制のレビューから我々の活動は始まりました。米国の国防予算の大枠を決める国防授権法などの法律を読み解いて、貿易規制、調達規制、インフラ安全規制、人的規制、投資規制などに分解して、事業のどこにどういう影響があるのかを解明していく作業です。複雑で難解な行政の言葉をビジネスのプロセスに翻訳する作業とも言えますが、この経済安保規制のレビューが非常に大事な機能だと思っています。

これに20年ごろから加速する人権などのサステナビリティレビューが加わります。人権リスクのある企業との取引を規制する人権デューデリジェンスの議論は20年ごろからNGOの要請として顕在化し、今、EUのガイドラインや米国の規制法へと公的なルールが具体化しています。当社は、このトレンドを見て、今年からサプライチェーンのマネジメントにAIも含めた新しいツールを使って、間接取引先のチェックを始めますが、こうしたサプライチェーンマネジメントの高度化も大事な機能です。


ここに、20年2月のロシアのウクライナ侵攻で顕在化した東アジアも含めた地政学的リスクヘの対処が加わります。地政学的な制裁のレビューやBCP(事業継続計画)などへの対処ですね。

経済安保、サステナビリティ、地政学という3つの情勢変化は、規制や制裁、投資家からの要請など、企業が追わないといけない膨大な情報を生み出しています。それをビジネスプロセスに転写するための仕組みの構築を担うのが経済安保統括室です。
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インタビュー=成相通子 写真=平岩亨

この記事は 「Forbes JAPAN 2023年9月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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