私が担当役員で、経済安全保障統括室長のもとサプライチェーンと情報マネジメントのふたつのチームがあります。9人の部署ですが、本社の関連コーポレート部門、さらには海外拠点や関係会社も含めて計1000人以上のネットワークを組んでいます。スタッフは、外部人材もプロパー人材もいます。ビジネスに長けた人、行政ルールがわかる人、海外を知っている人、まったく違うビジネスをやってきて違った目でリスクが見られる人、というようにハイブリッドな混成部隊が機能すると思っています。
──包括的で膨大な知識や経験が必要になると思いますが、この分野の人材をどのように獲得し、育成していけばいいのでしょうか。
鈴木:外部にもまだ人材は多くありません。いまの日下部さんの話がいいヒントになると思いますが、経験がある人を連れてくればそれで済むという問題でもない。会社のなかで本当に会社のために考えている、そういう人が地経学の知識や能力を高めるというのが本来あるべき姿ではないかと思っています。外部の有識者の活躍も大事ですが、会社のために勉強したいという人が内部で出てくるほうが望ましいでしょう。
塩野:民間企業での人材不足は否めませんが、社内でアジェンダ設定しないと議論の俎上にも上りません。経済安全保障の重要性を唱える人は必要ですし、社内全体のリテラシーのレベルも上げていくべきです。とくに、多国籍に展開している企業であれば、必須になるでしょう。
鈴木:いままでは、もっともいいものをもっとも安く買うこと、つまりグローバルに最適化されたサプライチェーンを組むことが正しい経営でした。ところが、今後は中国からいいものを買ってくるということが、経営的には正しくても、地経学リスクを加味すると正しい判断でなくなるかもしれません。これまでは中国であれロシアであれ、一応WTOの加盟国なのでそれなりのルールが利いていて、多少のリスクはあるにせよ、貿易や投資をすることはできましたが、これまで通りではいかない時代に入ってきました。
これまでの経営と安保の関係は、国が定める規制があるので「コンプライアンス対応をしておけば良い」と判断してきたわけですが、いまは規制がないなかで「このままここから調達し続けるのはまずいかもしれない」と思えるかどうかのスイッチが重要です。経済的な最適化を優先し続ける限り、リスクの概念が抜けてしまう。これは外部の力が必要だと思います。非常に複雑な時代に、手がかりとなる情報、企業は聞きたくないネガティブな情報も含めて、地経学リスクの情報を提供することが地経学研究所の役割であり、CGO養成プログラムであると思います。
──こういった状況のなかで、日本企業がリスクをチャンスに変えることは可能でしょうか。
塩野:例えば、EUがある意味で復権してきた背景には、「ルールメーカー」としての立ち位置と野心があると思います。特に私がいた北欧では、米国や中国を自分たちが倫理的に引っ張っていってやる、というぐらいの気持ちをもっています。
日本もリベラルな民主主義国家として、自分たちの信じる大義や倫理観をもっと押し出せたら、日本企業が世界にアピールする「ソフトパワー」が強まり、日本企業が入っているサプライチェーンの安全性を強調できます。「日本企業と付き合うことは、非常に安全ですよ」と打ち出せるはずです。対外発信において日本は謙虚すぎるところがあるので、そこを変えられるといいでしょう。