栄養の安全保障
世界的な人口増加が見込まれるなか、安全・安心な食料の確保は世界が直面する課題のひとつだ。マッキンゼー・アンド・カンパニーのパートナーでサステナビリティに詳しい山田唯人は、「人口増加のトレンドと富裕層の増加により、2050年までには食料の需要が現在比で約70%増加すると見込まれる。一方、土地の変化や水資源の枯渇、気候変動の影響などにより、食料の供給には制約がかかることが予想される」と指摘する。国際連合食糧農業機関(FAO)のデータによると、19年の世界の温室効果ガス総排出量の31%が食料システムに由来するという。うち4割を占めるのが農業生産の分野だ。食農にまつわる課題を解決しなくては、地球の持続可能性も脅かされかねない。このような世界の流れを受けて、食のサステナビリティにつながる技術やサービスに多くの投資マネーが流入している。
山田は「食料・農業分野の主要な投資テーマは5つに分類できる」という。その5つとは、バイオ・サステナブル素材、サステナブル農薬・肥料、環境制御型農業、デジタル・精密農業、次世代タンパク源で「近年、これらの領域に対するベンチャー・キャピタルの投資が急速に増えている」。
5領域のなかでも、山田が特に注目しているキーワードがサステナブル農薬・肥料だ。この領域にはバイオ農薬、バイオ肥料、種子・遺伝子、飼料添加物などの成長市場が含まれる。特にカギを握るのはバイオ資材だ。バイオ資材は石油化学由来の農薬に比べて製造段階における炭素排出量が少なく、原材料には廃棄物の副生成物など二次原料を用いることが多いため、サステナビリティへの貢献につながるという。
「製薬業界ではバイオ医薬品の開発が活況だが、バイオ農薬や、肥料や飼料配合物の分野でも、AI(人工知能)とバイオの力を融合しながらこれまでにない規模とスピード感で研究開発を進めるスタートアップが勃興している。一方、日本のスタートアップでこの分野にうまく参入できているところは少ない。このままだと近い将来、日本の農薬や飼料配合物など上流の農産物の多くが海外産になる可能性は否定できない」
日本では農林水産省が21年に「みどりの食料システム戦略」を打ち出し、50年までに化学農薬の使用量を50%、輸入原料や化石燃料を原料とした化学肥料の使用量を30%低減し、有機農業の取り組み面積を25%拡大することを目標に掲げている。これらの数値目標をクリアするためにも、地球のサステナビリティへの貢献と、世界の食糧の安全保障に果敢に挑戦する組織やアントレプレナーの登場に期待したい。