イノベーション創出や社会変革、はたまた陰謀論や排外主義まで、現代社会で論点となる多くの事象を読み解くカギとなる概念のひとつが「社会的アイデンティティ(集団への帰属意識)」だ。家族や企業、国家といった集団に対する帰属意識が、自意識や、周囲の認識や理解の仕方、意思決定の仕方にいかなる影響を及ぼすのか。「社会的アイデンティティ」の正体と影響について、社会心理学や神経科学を横断しながら研究しているのが、心理学者のジェイ・ヴァン・バヴェル(ニューヨーク大学教授)だ。
本特集では、共著『私たちは同調する』を上梓したヴァン・バヴェルに、インタビューを敢行。インタビュアーを務めたのは、哲学者、関西学院大学准教授の柳澤田実だ。「社会的アイデンティティ」という概念は、「いま私たちはどんな時代を生きているのか?」という問いにいかなる示唆を与えてくれるのか。
柳澤:私たち人間は群れで生きる動物なので、「集団」は生きるうえで避けては通れない重要な問題だと言えます。そしてこの「集団」というものはよいものにも、有害なものにもなりうる両義的なものですよね。これは宗教や「神聖さ」を研究対象としてきた私の長年の関心事でもあります。
ヴァン・バヴェルさんは、集団がもつネガティブな可能性もふまえたうえで、「社会的アイデンティティ」という概念を中心に、個人にとっても社会にとっても益になる集団の適切なあり方を研究なさっていますよね。
ヴァン・バヴェル:はい。例えば私たちの研究室では、fMRIを用いた脳波計測などにより、「人々が個人ではなく連帯して協力するとき、脳に何が起こるのか」を研究しています。例えば、人間は同じグループの仲間だと感じている人が報酬を獲得する姿を見ると、自分の脳の報酬系まで活発化することがわかっています。
柳澤:その話は「進化」という観点からも興味深いですね。強い帰属意識をもつグループでは、あるメンバーがうまくいくのを見ると、当事者ではない周りのメンバーまで脳の報酬系が活性化する。人間は協力によって他の動物よりも繁栄したと、「協力の進化」の議論でも語られていますよね。また、協力しない集団よりも、構成員が犠牲をいとわず協力する集団が繁栄することで、協力行動が進化してきたとも論じられていますが、脳に見られる現象も人間の協力行動の進化に関係していると思われますか。
ヴァン・バヴェル:面白い研究結果があります。見知らぬ4人を私たちの研究室に連れてきて、「あなたたちはチームです」「これから一緒にタスクに取り組んでもらいます」と伝えたうえで、一緒に仕事に取り組んでもらう実験を行いました。すると、チームだと伝えた瞬間に、人々の脳活動のパターンがシンクロし始めた。そして、全員が近い脳の波長をもつ集団は、単なる個人の集まりよりも、より協力的で賢くなり、よいパフォーマンスを発揮したんです。