食&酒

2023.07.16 11:30

トマトのロマネ・コンティ 元映画監督が取り組む古代品種の有機栽培

パスタに4種のトマトソース

絶滅しつつあるテロワール(地味)を守り、食べて、そして後世へ繋いでいく。もはやワインではできなくなりつつあることを、彼はトマトで、自ら実践しているのに他ならない。

人の手に操作されていない古代品種を植え、人の思惑が介在しない自然の多様性がもたらす豊かな土地で実らせ、そのまま瓶に詰め、ただ置いておくという時の経過だけで熟成させる。

そこには新樽発酵も、外来種のブレンドも必要ないし、入る余地もない。本物の土壌に育まれた本物の野菜は、何の付加を加えずとも、ただそれだけで価値を持ってしかるべきものだ。

農業こそが高貴な仕事と言い切るジョナサン、しかし目指すのは、ただのユートピアではない。瓶詰めはトマトの量産と販路拡大を可能にする。ゴールはむしろ、儲かる農業、持続可能なテロワールなのだ。

「さてと、大変申し訳ないが、今日中に植えないといけない苗が残っていてね。最後にせっかくだからお昼を食べていってくれないか。トマトのテイスティングをしてもらわないと」
料理はジョナサンが自らサーブする

料理はジョナサンが自らサーブする


訪れた時期はトマトの実そのものを見ることはできなかったが、倉庫の棚には色とりどりのトマトの瓶が並んでいて、それぞれラベルには品種名、収穫年が印字されている。まるでワインのようだ。いや、もっとすごいことに、瓶詰めされた日付、11ある畑のうちのどの畑で獲れたものかまで記されている。

味見は比べることが大事と、ジョナサンは4つの品種を選び、それぞれ4つのフライパンで煮詰めてソースにする。間違えないよう、フライパンの持ち手にテープで品種名を書き込むほど念の入れようだ。

隣町から手伝いに来ているベテラン農家、IT業界から転身したアメリカ人、南米やナイジェリア移民らのスタッフと一緒に囲むテーブルすらも多様性豊か。ジョナサンの2人の高校生の娘たちも帰ってきた。

茹でたてのパスタを各自の皿に盛り、周りを囲むように4種のトマトソースを置き、ジョナサンが1人1人に感想を求める。

4種類のトマトソースを絡めてパスタをいただく

4種類のトマトソースを絡めてパスタをいただく


確かに、最初に口にしたトマトは甘みが強くて文句なくおいしいと思ったけれど、隣のトマトを食べると酸味が効いてより深みがある。次を食べると、いやいやこっちのほうがさらに芳醇のように感じたり、2巡目に入ると1巡目に感じた味わいとはまた別の要素に気づいたりする。まさにワインのテイスティングと同じだ。

「で、リツコは、どれがいちばん好きかな?」というジョナサンの問いかけに緊張しながら答える私の横で、ふと見ると、高校生の長女がいきなり4種をぐちゃぐちゃに混ぜて、豪快にパスタと絡めて頬張っているではないか。

「うわー、ずるーい!それ、絶対おいしいに決まってる!」
とその場にいた誰もが思ったに違いない。皆、3巡目を早々に切り上げて、一斉にパスタとぐちゃぐちゃに混ぜて食べ始めた。混じりっけのないオリジナル品種同士、それぞれ異なる個性のトマト同士が関わり合って醸し出す味わい、これまたなんと贅沢な「多様性」であることか。

多様性がもたらす計り知れない豊かさのなかで生きるトマトたち。実はそのまま現代の人間社会が見習うべき環境であることも、教えてもらった気がする。
ジョナサンに取材する筆者

ジョナサンに取材する筆者

文・写真=山中律子

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