ロマネ・コンティと一緒
湖を望むなだらかな傾斜地は、太陽の当たり方や木々の生え方によって、風通しや日射量にも差がある。ほんの10メートル違うだけで地質の違いもある。その特性によって、ジョナサンは11の畑に分け、枇杷の木が目印だから「枇杷の畑」、ウンブリア州との州境にあるから「ウンブリア畑」、風通しのよい場所だから「風の畑」というようにネーミングを施している。ちなみに味のある文字で描かれた畑ごとの看板は、親友で俳優のマット・ディロンによるものだそう。
年3回の収穫時期によって同じ品種でもトマトの性質に違いがあるのはもちろんだが、驚くべきは200近くの古代品種を、敢えてこれら11の土壌性質の違う畑に植え、甘みや酸味、収穫量にどれだけ違いが現れるか積極的にトライしていること。
「同じ品種でも畑が違うと味が違う。いや、畝が1列違うだけで変わってくる。ロマネ・コンティと一緒さ」とジョナサンは自信たっぷりに語る。
収穫したトマトは青果として出荷するのではなく、工房で生のまま瓶詰めにし、85度以内でじっくり加熱滅菌する。瓶詰めにするのは、できるだけたくさんのトマトを、クオリティはそのままに、さまざまな国のいろいろな人に届けるためだという。
「しかも瓶詰めは寝かせることでさらに美味しくなる。それもまた面白い。ロマネ・コンティと一緒だよ」
ジョナサンが「ロマネ・コンティと一緒だよ」と何度も言うたびに、むしろ「ロマネ・コンティよりすごいんだよ」と言われているような気がしてくる。
私は何かヒントを見出したい一心で、帰国するなりジョナサンが監督した「モンドヴィーノ」のDVDを見直してみた。不思議なことに、18年前に観たときとはまったく異なる感覚で作品に引き込まれていく。
2005年に公開された「モンドヴィーノ」は、自らもソムリエの資格も持つジョナサン自身が、フランスやイタリア、北米、南米のワインづくりとワイン市場に関わるさまざまな人々を取材、そのインタビューだけで構成される。
カリスマ醸造コンサルタントのミシェル・ロランは、世界12カ国のクライアントを飛び回り、外来種のブレンドや新樽発酵などを巧みに駆使し、必ず売れるワインをつくり上げる。
ワインの価格は、彼と密接な関係にあるワイン評論家ロバート・パーカーの点数で決まっていく。ナパワインの成功者、モンダヴィ一族は、巨額の資本を武器に欧州の優れた産地を次々と標的にし、スーパートスカーナのような高級ブランドをつくり上げて財を成していく。
監督であるジョナサンは、ワイン市場の舞台裏にうごめく人間ドラマを描きながら、グローバリゼーションとともに、皮肉にもワインの味が画一化し、個性であるべきテロワール(映画では「地味」と訳されている)が失われていくことへ警鐘を鳴らしている。
そうして取材の最後に訪れるのは、アルゼンチン。スペイン征服前の遺跡があるトロンボン村の小さな痩せた土地で、日々生きていくために葡萄を栽培し白ワインをつくる先住民の男性は言う。
「葡萄のまま売ったっていくらにもならない。だからワインをつくるんだ」
貧しい土地であろうが亡き父から受け継いだ財産に変わりないと、粛々とつくり続けるその白ワインを振る舞われ、ひと口飲んだ瞬間にジョナサンの口をついて出た「んーー!」という感嘆と、涙さえ浮かべているかのように見えるその表情。
このシーンに、なぜ彼が映画界を退いて、いまの活動に身を投じたのか、その答えを私はようやく見つけた気がした。