そこで感じたのは、世界で最初に新型コロナウイルスのパンデミックを経験して、大きな痛みを味わった国は、いち早く前を向いて歩き始めている国でもあるということだった。
旅の目的は、私の「マンマたち」の元気な姿を確認しにいくためだったのだが、感動の再会あり、新しい出会いあり、図らずも行く先々で私のほうが刺激をもらう旅となった。
イタリア中部、ラツィオ州の北端、眼下に雄大なボルセーナ湖を望む畑で、トマトの有機栽培に取り組むジョナサン・ノシター氏もその1人だ。
ジョナサンの再生循環型農場
イタリア語でトマトは「ポモドーロ」というが、ジョナサンはまず、その語源から話し始めた。「ポモドーロは『Pommed’or (ポム・ドール)』から来ているのは知っているよね。フランス語で金のリンゴという意味なんだけど……」
泥まみれで苗を植える姿はどこから見ても農夫にしか見えないが、彼こそは、2000年代初めの世界的ワインブームに一石を投じたドキュメンタリー映画「モンドヴィーノ」の監督である。
穏やかな口調で、しかし、ひと時も手を止めることなく話し続ける。
「金のリンゴ、つまりイタリアに伝来した当時のトマトは赤ではなく黄色だったというわけ」
まさに、いま植えている苗は、「Smeralda Golosina」という黄色のトマトで、当時の品種に限りなく近いトマトの1つだとか。
ジョナサンは、いまは映画界からすっかり身を引いて、7年前から、なんと200種類もの古代品種トマトの有機農法に取り組んでいるというのだ。
しかし、またなぜワインでも葡萄でもなくトマト、しかも古代品種なのか。
「イミテーションではなく、オリジナルのものをつくりたかった」と、彼はそれ以上多くは語らないが、映画「モンドヴィーノ」でワイン業界の商業化の内幕を描いた後に、土壌と直結した真逆の仕事に転換したことはなんとなく想像はつく。
ちなみに、私たち現代人が日々口にしている野菜は、実はほとんどが改良種。安定した甘み、寒さに強い、大きさも均一で効率的に箱に収まる、といったように、人が人に都合よく手を加えたいわゆるハイブリッド種というやつだ。
つまり、よしんば朝獲れの新鮮野菜をかじって「わあ、おいしい!」と感動したとしても、それとて改良種だったりするわけで、そう考えると、古の先人たちが食べていたトマトはどんな味がしたのか、単純に興味がわいてくる。