食&酒

2023.07.16 11:30

トマトのロマネ・コンティ 元映画監督が取り組む古代品種の有機栽培

ジョナサンは、海外特派員だった父のもと、フランス、イタリア、インド、アメリカなどで育ち、自らも世界中でキャリアを積み、あらゆる国に精通している。その彼が、理想のトマト作りの場所として選んだのが、ここだった。

イタリアにおけるトマトの産地で名高いナポリのヴェスヴィオ山麓のミネラル豊かで水はけのよい火山灰土壌と、欧州最大級のカルデラ湖であるこのボルセーナ湖一帯の土壌はとてもよく似ているのだという。

さらにこの土地、以前は化学肥料を一切使わない農地として使用されたあと、60年間も手付かずのまま放置されていたことが、ここを選ぶ何よりの決め手になったそうだ。彼は言う。

「完璧に処女地にリセットされていたし、それどころか、さまざまな植物や虫、微生物たちの生態系によって、自ずと肥沃な土壌ができあがっていた。ここだ!と思ったね」

ボルセーナ湖を望むテラス

ボルセーナ湖を望むテラス


古代種と思しき種を持つ人の情報を聞きつけては、片田舎の農家から大学の研究所まで、ヨーロッパや南米を駆けずり回って種を発掘。自らと全く立場の異なる大手除草剤メーカーが出している本さえも読み尽くした。

偏見にとらわれない取材と研究から、徹底的に材料を揃え、本当に有益な情報とスキルだけをあぶりだしていくのは、ドキュメンタリー映画監督として鳴らした彼ならではのものだろう。

日本の農哲学者、福岡正信(1913年〜2008年)の「不耕起、無肥料、無除草」農法をリスペクトし、志を同じくする生産者、シェフ、大学教授など、世界中のスペシャリストと手を携えながら有機農法を追求してきた。

そして、植物はさまざまな種類が互いにシグナルを発信しあうことで相互環境を高め合う知的生命体であるとする植物神経生物学者の権威、ステファノ・マンクーゾを友に持ち、その理論を畑で実践している。

さまざまな国の野菜、香草や小麦、日本の紫蘇まで植えられた土地には、2600万の微生物やバッタなどのさまざまな虫たちが住み、食物連鎖も生まれる。

「多国籍、多様性。これが土壌の豊かさというやつさ。考えてみたら人間社会と一緒だよね。文化を交換しながら互いの環境を高め合うことで豊かさが生まれる」

敷地内にあった井戸は周囲の植物にフィルターの役割を担わせて浄化して「天然プール」に。飲用もできるし、このあたりの湿度を保つ役割も果たす。

こうした自然の営みのなかで、種を植え、苗を育て、畑に戻し、収穫し……。そして、再び種を採取できるのも、ハイブリッド種ではできないことなのだ。この敷地のなかだけですべてが巡っていく、まさに再生循環型農場だ。
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文・写真=山中律子

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