「夜、自分の悲鳴で目が覚めたんです。気がついたら前歯が折れていた。あのころは、資金ショートするという悪夢に毎晩うなされていました」
次世代の起業家を支援するベンチャーキャピタル「アニマルスピリッツ」代表の朝倉祐介。日常的に億単位のお金と向き合う朝倉は、長期的な企業価値の向上の重要性を説く『ファイナンス思考』の著者でもある。彼の「お金との関係」は、スタートアップ冬の時代が原体験にある。
「1億円は普通の生活感覚では大きなお金ですが、事業ではそれがすごいスピードで『溶けて』いく。2008年のリーマンショック直後で景気も悪いし、スタートアップへの投資自体がまだまだ少なかった時期。とにかくコストカットをしましたが、給料日も、自分に支払う役員報酬で会社のお金が減るのが怖かった」
朝倉は、東京大学法学部在学中に起業。仲間と「ネイキッドテクノロジー」を立ち上げた。が、卒業後はマッキンゼー・アンド・カンパニーに入社する。国内外の大企業のプロジェクトに従事するも、億単位の数字に現実感がもてなかった。
元々スタートアップに興味のあった朝倉は勤務3年後の2010年、米カリフォルニア大学バークレー校ビジネススクールへの留学を辞退し、古巣「ネイキッドテクノロジー」に復帰、代表に就任する。そこで待ち受けていたのが、冒頭の想定外の苦境だった。
「損益計算書とか、賃借対照表、キャッシュフロー計算書とか、財務三表は立ち上げ期のスタートアップ経営には役に立たない。立ち上がりの会社にとって大事なのは、資金繰り。極論すると、銀行通帳であり、お金の一言に尽きる。そのくらいお金の出入りは大事です。中小企業にとって資金繰りは基本のキなわけです」
朝倉には、実は2年間無収入になった時期があった。2011年、起動に乗せた古巣をミクシィへ売却、同社の代表取締役兼CEOとして業績を回復させ、2014年に退任した直後のことだ。
この年、スタンフォード大学客員研究員として渡米する。目的は米国のスタートアップの現状を調査することだが、「経済的には2年間無収入のサバティカルです」。
30代でキャリアを中断して、渡米する意味があるのか揺らぐ瞬間もあった。
「自分が生活したことのない環境に身を置くことで、自らを変える体験ができる。お金は目減りしていくけど、自分にとってすごい価値になると考えたんです」
朝倉はあらためて、足元のお金の意味について考えた。「人はお金の額面をどうやって増やすかということに、頭を奪われてしまいがち。ですが、複利効果で時間をかけて増やしたお金をため込んでも、使わなかったら意味ないですよね。お金の本質って、自分の価値や、体験の価値を上げるための道具だと思うんですよ」。
会社に置き換えれば、お金は事業投資を行い企業価値を高めるための道具になる。リスクが大きければ、リターンもそれに比例する。もちろん、セーフティネットは不可欠だ。ファイナンスも人生も同じ論理で回る、と朝倉は考える。