スペクトル幅を1/1000近くにまで低減
原子時計における量子雑音の低減のためには、観測する原子数の増大が重要になる。自由空間中では、光が回析によって広がるため、光の焦点近辺の領域でしか原子を捕獲できない。これに対し、中空ファイバー中では、コア中に光を閉じ込めたまま光を減衰させずに伝送できるので、ファイバーの長さに比例して捕獲する原子数を大幅に増やすことが可能である。その場合の課題は、原子同士の相互作用を防ぐため、光格子の一区画に原子を1つだけ捕獲できるかということである。そこで原子を光格子に多数捕獲して中空ファイバーに導入したのち、光格子を開放して原子を中空ファイバー中に拡散させ、それを光格子で再捕獲することで、光格子の一区画の原子数をほぼ1個以下まで低減した。これにより、原子数を保ったまま原子同士の相互作用が抑制され、7.8kHzの周波数線幅の共鳴スペクトルが得られた。
従来、光ファイバー中で測定された原子、分子のスペクトルは5MHz程度であるのに対し、魔法波長の光格子を導入することで、スペクトル線幅を1/1000近くまで低減できた。得られたスペクトル線幅は、ほぼ原子の自然幅で制限され、ファイバー壁との相互作用は観測されなかった。一方、計算から、今回のコア径のファイバーを使うとき、原子とファイバー壁の相互作用が時計の精度に与える影響は、10-17の精度(30億年に1秒狂う精度)と見積もられた。これらにより、中空ファイバーを使って、小型でありながら高精度な光格子時計が構築する足掛かりができた。
1次元格子中で原子を拡散させる
宇宙年齢138億年を経ても誤差は0.4秒
きわめて精度の高い時計では、「重力が強いと時間はゆっくり進む」というアインシュタインの相対論の影響が測定できるようになる。研究グループが目標とする10-18の精度(138億年前のビッグバンから今日までの宇宙年齢を経ても0.4秒しか狂わない精度)を持った光格子時計では、わずか1センチメートルの高低差で重力がもたらす(一般相対論的な)時間の進みの違いが検出できるほか、人の歩く速さで起きる(特殊相対論的な)時間の遅れも検出できるようになる。研究グループは、実験室で使用していた大型光学定盤上のレーザー装置を含む光学系を集約し、制御系を含めてボックス化した。それにより、実験室環境で実現した時間の精度を劣化させることなく、システムの小型化・可搬化を実現し、実験室外の環境でも10-18精度を実現できるような可搬型ストロンチウム光格子時計を開発した。