特別な波長のレーザー光「魔法波長」を干渉させて作った3次元の微小空間を「光格子」という。そして、これを使った光格子時計が、「次世代の『秒の定義』の有力候補」であり、現在のセシウム原子時計の精度を約1000倍も向上させる手法として注目され世界中で研究が進められているというのだ。
以下、東京大学教授/理化学研究所主任研究員 香取秀俊氏による記事を転載でお届けする。
光格子時計の精度は現在の国際原子時の1000倍
「光格子時計」と呼ばれる時計がある。まず、「魔法波長」と呼ばれる特別な波長のレーザー光を干渉させて作った3次元の微小空間(光格子)に、レーザー冷却された原子を1つずつ捕獲し、原子同士の相互作用が起きないようにする。次に、これらの原子にレーザー光を当て、吸収する光の振動数(共鳴周波数)を精密に測定して、1秒の長さを決める。光格子全体には100万個もの原子を捕獲できるので、それらの原子の共鳴周波数を一度に測定して平均をとることにより、短時間で時間を決めることができる。光格子時計は次世代の「秒の定義」の有力候補である。現在の「秒」を定義しているセシウム原子時計の精度(10-15:3000万年に1秒狂う精度)を1000倍程度向上させる手法として、世界中で高精度化を目指した研究が進められている。
光格子時計の考案者でもある香取秀俊教授の研究グループは、ERATOにおける研究を進めるなかで、2014年5月には、低温環境でストロンチウム原子の高精度分光を行う2台の光格子時計を開発し、2台の時計が2x10-18の精度で一致することを実証している。2015年3月には、水銀原子を用いた光格子時計を新たに開発し、研究グループが開発した世界最高精度を持つ低温動作ストロンチウム光格子時計と直接比較している。得られた水銀とストロンチウムの周波数比は、現在の「秒」の定義の精度をはるかに超える精度で得られており、国際単位系における「秒の再定義」を促す重要な結果である。
一方、光格子時計の様々な応用の基盤技術開発では、2014年6月、中空の光ファイバー中でストロンチウム原子の高精度分光に成功している。これは量子計測装置の小型化の新たな基盤技術となる重要な成果であり、その目標の先には小型化された光格子時計がある。
光格子の模式図
中空ファイバー中に光格子を作りストロンチウム原子を閉じ込める
光格子時計小型化の技術開発を進めてきた研究グループは、光ファイバーに注目した。中空の光ファイバーは、中空のコア中に光と原子を閉じ込められるため、有望な小型化技術であると考えられた。一方で、従来の研究では、原子同士や原子とファイバーの壁の相互作用のため、共鳴周波数は数MHz以上に広がり、光ファイバー中では自然に近い線幅の狭いスペクトルを得るのは難しいとされていた。
研究グループは、中空フォトニック結晶ファイバー(以下、中空ファイバー)内に、魔法波長の光格子を作り、そこにレーザー冷却したストロンチウム原子を1個ずつ捕獲し、原子の共鳴スペクトル線幅を細くすることに挑んだ。
高精度な光格子時計を作るためには、ストロンチウムの捕獲時間を十分に長くする必要があり、ストロンチウム原子とファイバー中の残留ガスとの衝突を防ぐなどの工夫をした。その結果、ファイバー中での原子の捕獲寿命を測定し、350~500ミリ秒と、光格子時計の構築に十分な寿命であることを確認した。
実験装置の概要