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2023.05.27

一代で世界的ブランドに。クチネリを支えたイタリアの村のコミュニティ

1953年生まれのブルネロ・クチネリは、貧しい農家の出身。工場労働者となった父親の悲哀を感じ、「人間の尊厳のために働く」と誓った。それはその後の彼のビジネス哲学、従業員に手厚い経営にもつながっている。カシミヤのセーターからスタートして、トータルなファッションブランドを確立。故郷イタリアのウンブリア州での手仕事にこだわり、ソロメオの村に拠点を置き、地域を挙げてブランドの商品製造に取り組む。

1978年のその初受注以降、彼は大量のセーターを売り、米国でも知られるようになった。トータルコーディネイトに打って出たのは2000年になってから。そして本人いわく「独自の個性を確立」したのは06〜07年になってからだという。

体にフィットした仕立て、柔らかい素材、グレーやベージュ、ネイビーといった落ち着いた色み。クチネリが「スポーティシック」と称するスタイルの要素は、ある種のドレスダウンされたエレガンスを演出し、顧客には英国のウィリアム皇太子やダニエル・クレイグも名を連ねているとされる。

「私は資本主義者ですから、倫理的に、道徳的にですが、利益を上げたいのです。問題は、その利益をどのように分け合うかということです」

聖バルトロ メオ教会を核とする丘の上の村ソ ロメオは、根気強い修復事業に よってリゾート並みの景観の集落 へと美しく生まれ変わった。

聖バルトロメオ教会を核とする丘の上の村ソロメオは、根気強い修復事業によってリゾート並みの景観の集落へと美しく生まれ変わった。


彼はウンブリア州の村ソロメオに会社を置き、その利益の最大20%をブルネロ・クチネリ財団経由で寄付し、利益の最大化を目的としない労使関係を実践する。08年の金融危機後も従業員をひとりも解雇せず、手作業に従事する従業員にイタリアの平均月給1700ドルを20%上回る賃金を支払い、従業員にタイムカードの打刻を義務付けたことはない。会社が補助金を出して優美なルネサンス建築の建物に従業員用の食堂を用意し、ワインや料理を約3.5ドル提供。昼休みは90分もある。

社屋である古城(当時)の奥に並ぶ作業室では、女性たちがボビン(紡織用の糸巻き)の操作や手縫い仕事、商品の洗い作業をし、袖や袖口など数え切れないほどの布切れの小高い山々の整理をしている。
かつては 寂れかけていた人口400人のソロ メオで、クチネリは720人の従業 員を雇っている。本社社屋は14 世紀に建てられた荒廃した古城 を修復したもの。その奥にある作 業室は、製造業らしい活気と慌 ただしさにあふれている。従業員 以外に、クチネリはこの地域で自 営の請負業者約2,300人の職人と も契約している。

かつては寂れかけていた人口400人のソロメオで、クチネリは720人の従業員を雇っている。本社社屋は14世紀に建てられた荒廃した古城を修復したもの。その奥にある作業室は、製造業らしい活気と慌ただしさにあふれている。従業員以外に、クチネリはこの地域で自営の請負業者約2300人の職人とも契約している。

<家訓> 

・人間の尊厳を重んじるべし
・独自の個性を確立するべし
・古いものを大切にするべし

もし投資家が製造工程をモーリシャスに移させようとしたら、クチネリはどうするのだろう。

「投資家には、長期にわたってわが社の投資家であり続けてほしいと願っています。ですが、会社の魅力を変えるような方法で利益を上げることを求められても、自分のアイデンティティを失うようなことはしません。それなら『わが社の株を買わないでください』と伝えます」(クチネリ)

文=リチャード・ナリー 写真=フェデリコ・ヴァッカ・マッサーロ / ナイトロックス 翻訳=木村理恵 編集=森 裕子

この記事は 「Forbes JAPAN 2023年7月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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