そんな2000年代の「自由」な時代背景のなかで、彼ら「80後」世代は青春を謳歌していた。当時、北京や上海などの大都市では、バーやライブハウス、ブックカフェ、アートスペースなどが花盛りだった。筆者はその頃、中国各地のアートスペースをよく訪ねたものだ。そこで目撃したのは時代や社会に対する横溢な批評精神だった。
卒業後、鄭さんは普通に就職する道は選ばず、友人らとアンダーグランドなロックミュージシャンとしてライブ活動を行い、「半月弾」というミュージックレーベルを立ち上げたそうだ。
ところが、2010年代になり、ミュージックレーベルの活動は難しくなっていく。
その後、鄭さんは深センにやって来て、友人の経営するデジタル周辺機器の会社でマーケティングを担当する。その経験をベースに独立して、現在の会社を起業したのだった。
鄭さんは中国の他の起業家たちとは、細かいところで発想が異なるように見える。先日発表した新しいスマホケースに、アメリカのビート・ジェネレーションのバイブルといわれたジャック・ケルアックの小説「路上」(1957年)をモチーフにしたデザインを採用しているのもその現れだ。
筆者のような1960年代生まれの日本人からみると、現在、主に30代の「80後」世代の人たちは、これまでの中国人とは別人種のように思える。
実は2000年代に、当時大学生だった「80後」世代とよく話をする機会があった。きっかけは、彼らが子供だった1990年代に自宅のテレビで観ていた日本のアニメについてだった。
当時、各地で生まれていた中国版「メイドカフェ」を訪ねると、1980年代生まれの女子学生がメイド姿で接客してくれたものだが、彼女らが視聴していたのは、日本の1970年代~80年代のアニメが多く、それが共通の話題となったのである。
それは自分が子供の頃に観ていたテレビアニメを、中国生まれの彼女たちも同じ年頃のときに観ていたという発見で、奇妙な親近感があった。
あるメイドに扮した上海外国語学院の学生がふと歌いだした「好き好き好き好き好き~好き、愛してる」という「一休さん」のアニソンの一節を耳にしたとき、自分の妹が1970年代当時、同じように口ずさんでいたことを思い出した。いったいこの20数年間の時空を超えたタイムラグは何を意味するのだろう、そんなことを考えたりもした。
それは鄭さんが学生時代に聴いていた1960年代~70年代のロックシーンもそうで、同じ時代の洋楽好みのクラスメートに囲まれていた自分の中学時代を思い出すのだ。