AGCの場合──「ゆっくりだけれど、変えられる」
日本はこのままではダメだ、変化やイノベーションが起きない、未来は明るくない、といった論調を日本のメディアではよく耳にする。しかし、「変化のゆっくりさ」が自分たちの行動様式に紐づいていること、また、それがプラスの面も持っているということ、さらに、ゆっくりな行動や変化をとることによって自分たちは何を担保しているのか、などについてはあまり語られてこなかった。
何が正しいかということを常にコミュニティ内で定義した上で正しい行動を団体としてとる行動様式=「タイトな文化」に基づいて、24時間365日、自分たちが行動や意思決定を行なっているということに、私たちは無自覚なことが多い。また、ほぼ無自覚で、そうした行動様式は疑いや改善の目を向ける対象ではないため、それがもたらしてきた恩恵にも気付きにくい。本書は、外国人の目線から、私たちの行動の大元に横たわるタイトな文化を解説し、また、文化は(なかなか)変えられるものではないが、その文化は維持しながらも変化を(ゆっくりだが)起こしていける、と説いている。
AGC、かつて旭硝子と呼ばれていた企業などが、その具体的な企業の事例として紹介されている。2015年に新たにAGCの社長に就任した島村琢哉氏は、数ある課題の中でも、社内の行動様式が何よりも問題だと認識。「人々は間違いを恐れ、直接尋ねられてもろくに意見を言わなかった。ほとんどの部長たちはイニシアティブを取ることに及び腰で、中には定年退職して年金をもらうまでの時間稼ぎを願っているように見える者もいた」。
そこで、同社長と経営幹部は、企業風土や社内慣行を活性化させるため、複数の方策を用いて変化を起こしていった。全社員にメールを送り、ミドルマネジャーとの対話セッションを行い、エンジニアを繋ぎ止めるための社内ハッカソンを実施、部長の意識変革のための合宿研修を行うなど、行動様式を変えるための一連のイニシアティブを展開。さらに、「若手社員とのタウンホール・ミーティングの時間も確保した。これを4年間定期的に実施していくと、若い社員の頭脳流出は減速していった」。
また、組織の変革に反対する人には牽引する立場から外れてもらうなど厳しい選択を行い、組織全体に古い慣行を容認しない体制へと転換していったという。その成果として、2013年度に6%、2014年に4.2%に低下していた営業利益率が、「2019年度には営業利益は16%に増加し、同社は独自の集合ニッチ戦略を構築するために、さまざまな新しい特殊ガラスおよび化学品を開発するようになっていた」のだ。