失敗だって資産だから
住友林業の安田が提案したのは社内限定のSNS。新規事業の経験を持つ社員は、そこで気がついた「落とし穴」と得た「教訓」という2つの項目を、それぞれ140文字で匿名にて投稿できる。閲覧した他の社員が、いいねをタップすると、通知が投稿者に届き、投稿者へ個別相談する機会も得られる仕組みだ。
着想のきっかけは、部署の先輩から聞いた話であった。
「新規事業を考えるという業務を受け持っていたある先輩。部署の過去フォルダを漁っていると、自分が考案したものと全く同じ内容のものが出てきたそうです。『これは使えるかもしれない』と思ったものの、その資料は製作者独自のルールで作られたものだったので、結局なんの役にも立たなかった。その話をきいて、なんてもったいないことが社内で起きているんだ、と思ったのです」
安田自身も新規事業に兼務で参加した時にも、資料をみて驚いたことがあった。
「引継書をみて、こんなにも昔から構想を立てて進めていたことをはじめて知りました。新規事業の負担は『できる人』に偏る傾向がありますが、ここまで1人で戦われていたのだな、と」
安田が所属するのは、業務企画部。業績管理をしている部署で、社内の新規事業が比較的よくみえる立場にある。そこで気づいたのは、社内で孤軍奮闘する挑戦者の姿だった。
「傍目で見ていると、特定の社員がひとりで新規事業を一生懸命まわしていて、その人に多大な負荷がかかっていると思っていました。なぜなんだろうか、と思っていた時に聞いたのが、先輩から過去の新規事業が体系的に引き継がれていない話。この非効率さ、暗黙知の多さは問題だと思いました」
提案する社内SNSで解決した問題を、安田は「新規事業が抱える属人化の問題」と表現する。
「新規事業をひとりで頑張っていると、失敗の責任も、本来は組織が抱えるべきなのに、一人で抱えてしまうマインドになりやすい環境となってしまいます。結果、担当者は『もし失敗したらどうしよう』と、慎重になってしまって新規事業はなかなか進みません」
新規事業が属人化されていると、失敗も不可視に。当然、そこでの経験も共有されない。
「『あれ、上がっていたけど、結局立ち消えになってしまったよね』という会話を社内では耳にします。うまくいっている事例は社内の成功事例として張り出されるのに、失敗の場合はそれがなく、なかったことになってしまうんです。それを変えたいと思っています」
新規事業づくりのノウハウは共有させず、暗黙知ばかり。孤軍奮闘せざるをえない新規事業担当者は、失敗を恐れるマインドになりやすく、新規事業はなかなか前に進まない──こうした課題を解決するために、安田が提案したのが社内SNSであった。
「社内SNSを、覗けば学びがある社内メディアにするためにも、利便性を追求したいです。新規事業の失敗要因となった落とし穴と教訓以外は書けないUIです。狙いはユーザーが知りたい情報を明確に提供すること。そして、落とし穴は『他社の巻き込み』『採算性』『上司の協力』など、タグ付けし検索性を高める。とにかく使いやすく、参考になるつくりを意識しました。積極的に利用される社内メディアとなれば、失敗は活用するものという意識が社内に浸透するのではと考えます」
これは「失敗を事例化するツール」だ。新規事業を立ち上げる過程で得た暗黙知を、形式知に変える。そうすることで、失敗は個人から切り離れて、価値ある社内資産として蓄積される。孤独な新規事業担当者を繋ぎ、新規事業を属人化から解放することを目指す。