そろそろ定年が近づいてきたと考えた夫が、遠く山々を見わたす終の住み家を指さし、目を輝かせて宣言する。「ほら! あそこが第二の我が家だ。退職したら2人でハイキングや釣り、スキーが楽しめるよ」。満足げな夫の表情は、しかし長くは続かない。40年以上連れ添った妻は「そんなこと、いつ決めたの?」と厳しく追及する。「私が都会を離れて、子どもも友人たちもいないこの地で、あなたが森をうろうろするのにずっと付き合っていられると思うなら、あなたはどうかしている」
男性にとって定年退職は目的地、女性にとっては旅程
この夫にとって定年退職は目的地であり、何十年も働いた後のご褒美としての休息と余暇を意味する。妻にとっても休息と余暇は次のライフステージの一部ではあったが、余生のすべてと考えてはいなかった。
MIT AgeLab(マサチューセッツ工科大学エイジラボ)の同僚である私とチャイウー・リーが行った
研究では、定年退職後の人生を表現するのにどんな言葉を使うかを調査したところ、男女間で決定的な違いがあることがわかった。中高年や定年世代の男性は「休息」「リラックス」「趣味」など、退職後の生活設計パンフレットに載っていそうな言葉を使う人が圧倒的に多かった。一方、同年代の女性は「自由」「平和」「自分のための時間」などの表現で退職後の人生について語っていた。
明らかに、女性は老後について、仕事人生が終わって遊びの時間が始まるというだけにとどまらない多くのことを見据えている。定年退職後の日々を旅の続きととらえ、自分がやりたいことをじっくり考えたり、後回しにしてきた夢を追いかけたりする時間をようやく得られるであろうライフステージとみる傾向がある。その夢とはどんなものだろうか。
ついに得た「自分のための時間」
多くの女性は、子どもや年老いた家族の世話をするためにキャリアの中断を経験している。子どもが成人し、介護の責任も軽くなった老後にフルタイムの仕事に復帰するのは、単に収入を増やしたいだけではなく、個人的にやりがいを感じられる仕事をしたいからでもある。事実、米国でボランティア活動の中核を担っているのは50歳以上の女性だ。そして、さまざまなライフステージに応じて仕事を辞めたり再就職したり、パートタイムやフルタイムなど勤務形態を変えていく女性の働き方こそ、年齢や性別に関係なく、現代の労働者の多くが求める新しい柔軟なワークライフを象徴しているのではないだろうか。