名も無き職人たちが「ものづくり立国日本」を支えている
塩瀬隆之氏(以下塩瀬氏):以前、不登校特例校のアドバイザーをつとめた時に感じた課題の一つは、学校のあの広い空間がなぜ、子どもたちにとっての居場所にならないのか、でした。「君の椅子」はほんの「20cm×20cm」くらいの座面が子どもたちの居場所になるのに、何で僕たちは居場所を作るのがこんなに下手なのかな、と思ったのです。「椅子」を通して「居場所」を贈る発想は、磯田さんの中でいつ生まれたのでしょう。
【動画アーカイブ】生まれてくれてありがとう。~「君の椅子」プロジェクトが育む地域の未来~「君の椅子」プロジェクト代表 磯田憲一氏×塩瀬隆之氏対談!(2023.1.21)
磯田憲一氏(以下磯田氏):小さな町の空に広がる「花火」がヒントで、きっかけは旭川大学のゼミ生からの話でした。夏休み後のある日、学生が「すごい花火を見た」と興奮気味に話したのです。秋田県大曲の花火大会のことでした。人口3万の小さな町なのに、一晩に4〜5万発も上がるというのです。私はその話を聞いて、それはすごいことだけど、北海道には、子どもが生まれると一発の花火を上げて、町の人たちに「赤ちゃんが生まれたよ」と教える小さな町があるんだよ、と話しました。旭川市の北隣、愛別町という小さな町のことなのですが。
その花火が上がると、町の大人たちも、小学校の子どもたちもみんな、拍手するんです。過疎の町だけれど、この「ぬくもり」はすごい。学生の話をきっかけに、その町で20年以上も前から取り組んできたことを思い出しました。そして、この花火の温もりに学び、地域の潜在力を生かして、命の誕生を祝う仕組みを提案しようと話し合いました。それが始まりでした。
塩瀬氏:磯田さんは、手作りの木製家具で知られる「旭川家具」と組んで始められた「君の椅子」プロジェクトスタートに際して、このように話されています。
“私が「君の椅子プロジェクト」を立ち上げたいと思い至った理由の一つは
この大地にたくましく生育してきた木に新たな生命を吹き込み、
私たちに生活用具として手渡してくれている職人たちの技に、
市民として敬意を払う仕組みを作りたいということでした。“
磯田氏:旭川は家具職人を育てる教育的な機能も持っていますが、「旭川家具」というブランドを守っているのは、企業のトップたる社長ではない。自分の技術を磨き、自分の技術を売って家族を養っている名も無き職人たちが「ものづくり日本」を支えている裾野なんじゃないかと思うんです。そんなものづくりの職人たちの技が消えていく危機感を感じ、優れた職人の技に敬意を払う取り組みを立ち上げたいと思いました。
塩瀬氏:ドイツのライカ社には、100年前に作った顕微鏡のレンズを誰が磨いたかという職人のリストが100年残っている。日本は「ものづくり立国」と言うけれど、職人さんを大切にしているのかな?と疑問に思うことが多々あります。「継承する」には、まず第一にたくさんの人たちが関わって作っていることを知ること。そういった点を含めて、磯田さんの言葉に素敵なプロジェクトの始まりを感じました。