岸田首相のウクライナ訪問、日米で異なる国家の機密への考え方

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岸田文雄首相が21日、ウクライナの首都キーウを訪れた。主要7カ国(G7)議長国として、ゼレンスキー大統領と対面で会い、支援の意思を伝えることには重要な意義がある。ただ、その政治的な価値とは別にして、「岸田氏の訪問を巡る情報の流れに驚いた」と米政府の元当局者は語る。日米関係を長く担当し、在京の米国大使館での勤務経験もある、この元当局者は「米国であれば、考えられないことだ」と語る。

岸田首相は外遊先のインドからウクライナに向かった。この時点で、「首相のウクライナ訪問」がニュースとして流れた。経由地のポーランドで列車に乗り込む首相の映像も公開され、日本外務省がウクライナ訪問の事実を発表した。2月にウクライナを訪問したバイデン米大統領の場合、ホワイトハウスは、首脳会談が行われた後にバイデン氏訪問の事実を発表した。

米政府の元当局者は「米国も何でもかんでも大統領の外遊を秘密にするわけではない。日本や韓国を訪れる際は、事前に計画を公表し、大統領がエアフォースワン(大統領専用機)で記者団と懇談もする。しかし、アフガニスタンやイラク、今回のウクライナなどでは別の扱いになる。戦場やそれに近い場所に行くからだ」と語る。

米国の記者団も一生懸命取材するから、大統領が米国内にいないことに気づいたり、状況から判断して外遊先がどこなのかを推論したりする。ただ、元当局者によれば、米政府の関係者のなかに、「どこかに向かっているようだね」と示唆する人はいても、事実の確認だけは決してしないという。「もし、確認する人がいたらどうなるのか」と質問したところ、「おそらく罰を受けるだろうが、そんな人は見たことがないから、わからない」という答えが返ってきた。

元当局者は「国家の機密というものは確実に存在する。市民や兵士の命を守る必要があるケースなどだ。ウクライナ訪問の場合、米国やウクライナの指導者が殺害されるような事態になれば、世界大戦に発展する可能性だってある。今回、岸田首相に危害が及ぶ事態が発生すれば、同盟国として米国も何らかの行動を迫られることになる」と語る。

もちろん、何でも秘密にすれば良いということではない。米国でも、ウォーターゲート事件を描いた映画「大統領の陰謀」、ベトナム戦争を巡る秘密文書を取り上げた映画「ペンタゴン・ペーパーズ」などで、国家の機密に迫ろうとする記者たちの行動に広く共感が集まった。元当局者も「米国政府もなるべく、透明な政府を作ろうと努力している」とも語る。

それでも、今回の日本の動きは、米国のそれとはいささか違うものだった。元当局者は「国家の機密に対する日米の文化の違いだろう。日本も特定秘密保護法ができてしばらく経つが、すぐには人々の考えや行動は変えられないのかもしれない」と話す。

内閣危機管理監を務めた米村敏朗元警視総監は、岸田首相のウクライナ訪問について「会談の意義など政治的な評価についてはコメントしない」としつつ、「首相だけではなく、ゼレンスキー大統領の安全も考えた結果だったのかどうか」と語る。旧ユーゴスラビアの日本大使館勤務の経験もある米村氏は「ドゴール(元フランス大統領)は生涯で、20数回も暗殺されそうになった。欧米には(危機管理の)経験値がある」と語る。映画「ジャッカルの日」は、ドゴール暗殺を狙う殺し屋を描いたフレデリック・フォーサイスの小説を元にしたが、実話を参考にした場面も含まれているという。

米村氏は「政府与党には、首相のウクライナ訪問をアピールしたい気持ちがあったのかもしれない。でも、アピールは、訪問が終わった後で良かったのではないか」と語った。

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文=牧野愛博

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