キャリア

2023.03.28 17:00

規模の成功も競争も、さようなら。石戸諭・ルポ「自分経済圏」

Forbes JAPAN 2023年5月号』は、「最高の働き方を探せ!」をテーマに、個人と組織の新しい働き方を大特集。ジャーナリストの石戸諭がBGM作曲家、パーソナルスタイリスト、アーティストの3組のクリエイターを取材。彼らのキャリアや仕事観から、クリエイターエコノミーの本質とそのサバイバル法を描く。 


近年、新時代のクリエイターエコノミーは、期待というよりも願望を込めて語られている節がある。曰く従来、埋もれていたはずの才能が発掘されたとか、プラットフォームの進展で個人でも稼げるモデルが生み出された、といったものが代表格だろうか。
 
だが、メディアの変化に注目しても、新しいクリエイターエコノミーの本質はつかめない。
 
変化の本質は彼らのメンタリティだ。その特徴は三点に集約できる。第一に“たった一つ”のクリエイティブへのあくなき執着だ。彼らの関心はまずもって自分の作品、あるいは自分だけの事業に向かう。他人との競争は二の次だ。
 
第二に規模の成功への無関心である。新時代のクリエイターはミニマムを志向し、起業というかたちすら目指すべきものとして設定されていない。ひとまず自分やその周囲数人が食べていけるだけの収益があればよしとすること。それが彼らの成功指標だ。
 
第三に継続の意思である。もうけられるときにもうけて、働かなくても暮らしていけることをゴールにするという思考をもつことはない。生涯をかけて、自身を成長させ、持続的な事業展開を目指す。

象徴的な人物はMoppySoundだ。著名YouTuberへの楽曲提供、TikTokの人気動画で注目された彼の音楽は、プロのフィギュアスケーターとしての道を歩み始めた羽生結弦が投稿した動画に使用されたことでも話題になった。新時代を切り開く作曲家である。
 
1990年に生まれた彼の家には、音楽を愛好する両親が買った電子ピアノがあった。あくまで趣味として置いているものだったが、幼い子どもにとって、それは何にも代え難い音楽の入り口になった。やがて年を重ね、2歳年上の兄がアコースティックギターやバンド活動にハマっていくなか、彼が熱中したのはゲーム音楽や映画音楽の世界だった。
 
TSUTAYAで映画、アニメ、ゲームのサウンドトラックを毎月借り、フリー作曲ソフトの掲示板にオリジナル曲をアップしながら、大学3年生だった21歳で本格的に作曲の道を志すようになる。とはいえ、一直線に音楽の道に進んだわけではない。将来を考えて有名私大に進学を果たした時には、教員になろうと考えたこともあった。

「単純に朝早く起きるというのが苦手だったんです(笑)。でも、いまから考えるとそれだけでなくて、やっぱり音楽の道を諦めきれなかったというのが大きいのかなと思います」

学生時代に音楽関係の会社にインターンで入り、業界の慣習を体感しながら、作曲コンテストにも応募した。彼自身の言葉を借りれば、インターンとはいえ社会人を経験したことで「自分に会社員は向いていない。働きたくない」という“負のエネルギー”と音楽が好きで作曲で食べていきたいという“正のエネルギー”が一致した。
 
あるコンテストで入賞を果たすと、スマホ用ゲームアプリのBGM制作など少しずつ仕事の依頼がやってきた。就職をせずに、独立したのは2013年のことだ。親と交わした約束は「25歳までに成功しなかったら、そのときは辞める」というものだった。
 
ゲームアプリなどの依頼を受けてBGMを作曲するものの、それだけでは収入は増えなかった。自身が提供した楽曲も権利関係で自由に使えないことにも限界を感じたという。そこで彼は注文を待つだけでなく、自分のつくった作品をストックするビジネス展開を模索する。転機はここだ。
次ページ > 自分が何をつくれるかが楽しみ

文=石戸 諭 写真=帆足宗洋(AVGVST)

タグ:

advertisement

ForbesBrandVoice

人気記事