キャリア

2023.03.28

規模の成功も競争も、さようなら。石戸諭・ルポ「自分経済圏」

SNS時代の悩める若者を支える

2児の母でもあるtokiはパーソナルスタイリストとして、時代の最先端を行く。東京と大阪で展開するサロン「Aibis」は年商4000万円、予約は3カ月待ちだ。彼女も、メイクを担当するスタッフも全員がフリーランスの集まりだ。

「ほかとのかけもちはせず、Aibis一本でスタッフが欲しいだけの利益を出せるようにしています。起業? よく言われるんですけど、私が経営者になる気がないですもん。いま、お待たせしているお客様と向き合うだけでせいいっぱいです」

関西の女子大を卒業し、就職先に選んだのが華やかなアパレル業界だった。販売という仕事は向いていたのだろう。同期のなかでトップで店長に昇格し、複数の店舗を統括するマネジャー職になった。成果に応じて発生するボーナスの額は、あるシーズンで200万を超えた。それでも心身は疲弊した。9時から統括する店舗をまわり、16時に本社に上がってから22時までミーティングが続く。最後は体力が上回る男性社員が出世していく構造にも絶望をおぼえた。

28歳で退職したとき、当時会社員だった夫はこう彼女を励ました。

「家計のリスクはないんだから、好きなことをやってほしい」

30代は育児とパーソナルカラー診断などの勉強や資格の取得に費やした。勝負は育児が一段落する40代からというのが彼女の目算だった。だが、意外なほど早く事業は回っていく。あるとき、ブログで販売員の経験を生かしてスタイリングを請け負う、と告知すると月に4〜5人の予約が入るようになった。同行して似合う服を選んで、お客が買う。ごくシンプルな同行ショッピングにも意外なニーズがあった。

夫の転勤と同時に東京に拠点を移し、勝負の40代に入った彼女は同行ショッピングにとどまらない業態を生み出す。それが「Aibis」で展開する顔タイプ、骨格といったタイプ別の診断を、洋服だけでなくメイクとも組み合わせる業態だ。ここに行けば「似合う」メイクと洋服がわかる──。

口コミはじわじわと広がった。意外なことにサロンにやってくる顧客の平均年齢は24歳という。ツイッターで他人と自分を比べてしまいまったく自信がないとこぼす、メイクと服を替えて「初めて出会う自分」に目を潤ませて感動する、サロンに来たあとに「毎日、自分が楽しくなった」と感想を送る……。そんな若者たちが彼女の元にやってくる。

「いまの若い子たちの悩みは切実なんです。私たちはいただいた額以上の結果を見せないと信用されない。悪い口コミだって一瞬で広がります。この仕事は誰でも始められるけど、誰でも続かないんです」

相手は人間であり、パターン的な診断結果をもらっただけで満足して帰るわけではない。悩みが解消する契機も用意しなければいけないのだ。悩みを抱えているのは、若い世代だけか。もしかしたら、もっと上の世代にも……。40代後半に差しかかった彼女はそう考え、未来を見据えている。


荒木とき◎サービスECプラットフォームのMOSHで毎月予約で満席の人気クリエイター。オンラインや自身のサロンで、ファッションや髪形、メイクの方法まで、これまでに5000人以上の顧客にアドバイスしてきた。アパレル勤務を経て、結婚を機に独立。子育てをしながらスキルを磨き、口コミから顧客を広げてきた。東京と大阪でサロンを構える。和歌山県生まれ。
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文=石戸 諭 写真=帆足宗洋(AVGVST)

この記事は 「Forbes JAPAN 「 最高の働き方」を探せ!CREATE THE WAY YOU WORK」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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