ビジネス

2023.03.03 12:30

「無意識バイアス」にビジネスで冷や汗 読者投稿に心理学者相川先生が応えた

東京学芸大学名誉教授 相川充氏(写真提供:レアリゼ https://www.realiser.co.jp/)


「とある営業」さんからの投稿


「Who is the President?」。

advertisement

とあるスタートアップ企業の新規顧客を訪問したときのことです。マーケティング部長さんとひとしきり打合せを終えて帰ろうとしたとき、部長さんがロビーを指さして「あ、あそこにいるのが弊社の社長ですよ」と教えてくれました。ではせっかくなのでご挨拶をしようと名刺を用意しながら足を向けました。

そこにはダークスーツのシニア男性が2人ほどソファで話し込んでいて、そのそばに短パンにTシャツ姿の若い男性がひとり立っていました。私はその短パンの男性に「あの、〇〇という会社のものですが、社長さんにご挨拶したいのですが」と話しかけたところ、彼はこう言いました。「はい。私が社長ですが」。私はその会社を二度と訪問することはありませんでした。

相川先生のアドバイス


「とある営業」さんは、なぜ、その会社を二度と訪問しなかったのでしょうか?「短パンにTシャツ姿の社長では、信用できない」、「短パンにTシャツ姿の社長が経営している会社は発展性が危ない」と判断したからでしょうか。

それとも、「とある営業」さんが、その会社を二度と訪問しなかったのは、短パンにTシャツ姿の若い男性を、社長だとは思わなかった、「とある営業」さんの古風な思い込みが露呈してしまい、恥ずかしさや気まずさで、その会社を訪問することができなくなったのでしょうか。
advertisement

いずれにしても、「とある営業」さんは、短パンにTシャツ姿という外見で人を判断したのです。「とある営業」さんは、「外見で人を判断してはいけない」という戒めに反したことになるのでしょうか。

よく「外見で人を判断してはいけない」と言いますが、対人心理学者の私に言わせれば、「外見で人を判断して良い」と言いたいです。控えめに言えば「外見で人を判断するしかない」のです。とくに、初対面の人や、対面回数が少ない人の内面の特徴、性格や価値観は外見で、判断するしかありません。

ここで言う「外見」とは、服装だけでなく、髪型、化粧の有無や化粧の仕方、イヤリングやネックレスなどの装飾品の有無、鞄やバッグなどの持ち物などを指します。これらの外見は、当人が、自ら選択して人前に現れているのですから、その人の性格や考え方、価値観を映し出したものであり、その人の内面を表現しています。

さらに「外見」の中に、当人の表情、身振り手振りなどの体の動かし方、声の出し方などの、身体の動的な要素も含めてください。身体の動的要素は、当人が、これまでの人生で学んだ表情や体の使い方でコミュニケーションをしているので、その人の性格や考え方や価値観が表現されています。


jesadaphorn / Getty Images

jesadaphorn / Getty Images


なお、ここで言う「外見」には、人種をあらわす肌の色や身長などの身体的特徴は含めないでください。これらの身体的特徴は、私たちがこの世に生まれた時に与えられた特徴であって、当人が自らの意志で選んだものではないからです。これらの身体的特徴は、当人の外見の印象を形づくるときの基礎や核に成りますが、私が「外見で人を判断して良い」と言うときの「外見」には含めません。

「とある営業」さんが、短パンTシャツ姿という外見で、若い男性のことを判断したのは、「外見で人を判断して良い」という私の立場からすると、当然の反応だったと言えますが、問題だったかもしれないのは、そのあとの行動選択です。二度とその会社を訪問しないという行動選択で、良かったのでしょうか。

「とある営業」さんは、その会社を、ふたたび訪問するべきだったのではないでしょうか。なにしろ、「とある営業」さんの職種は「営業」なのですから。

その社長は、「自分は、常識や因習に囚われない人間なのだ」ということをアピールしようとして、ビジネス現場での短パンTシャツ姿を選んでいたとすれば、「とある営業」さんは、「この社長は常識に囚われない、スタートアップ企業の社長にふさわしい。この社長の会社なら、短期間で急成長を遂げる可能性がある」と判断して、その会社に、ふたたび出向く行動選択をすべきだったかもしれません。

あるいは、その会社を二度と訪問しなかった理由が、短パンTシャツ姿の若い男性を、社長ではないと思い込んでしまったことが露呈した恥ずかしさや気まずさだとしても、その感情は「とある営業」さん側の問題であって、営業相手の社長や会社の側の問題ではありません。

自らの思い込みによって相手に失礼なことがあったとしたら、むしろ、そのことを営業の糸口、話のネタにして、その会社に、ふたたび出向く行動選択をすべきだったかもしれません。思い込みによる失敗や失態そのものは、自分の頭の中に、古い価値観、先入観、偏見があることを気づかせてくれる赤信号です。赤信号の次は青信号、次の行動へ一歩を踏み出す合図です。

その会社を二度と訪問しない行動選択は、その社長や会社とのその後の交流を断ち切ることですから、現状維持で保守的です。リスク回避はできますが、成功のチャンスを逃したかもしれません。

他方、思い込みの失敗や失態があっても、その会社を二度、三度と訪問し続ければ、成功のチャンスが生まれたかもしれません。リスクを抱え込むことにもなりますが。その会社を二度と訪問しない行動選択が良かったのか、訪問し続けてビジネス関係を成立させた方が良かったのか、答えは、すぐには分かりません。時間が経過して、その社長や会社が、その後、どうなったのかという結果が出れば、どちらの行動選択が良かったのかが分かります。

その社長と、その会社は、現在、どうなっているのか、気になるところです。


次ページ > 横田宗太郎(仮名・広報、PR)さんの場合

文=相川 充 編集=石井節子

advertisement

ForbesBrandVoice

人気記事