素早く確実に認証する「顔パス」の威力
森田が「身近なところから国家インフラまで、適用範囲は幅広い」と言うように、認証技術はセキュリティに限らない。認証、コネクト、パーソナライズへと広がる。コネクトは生体認証IDで、組織や分野の垣根を越えてサービスをつなげることを指す。コネクトの最新適用例のひとつが、成田空港で21年より導入された搭乗者管理システム「Face Express」。日本航空(JAL)と全日空(ANA)の両方で国際線の搭乗手続きを、文字通りの「顔パス」にするものだ。
空港での最初の手続き時に顔情報を登録すれば、保安検査や搭乗といった各種のゲートをくぐる際、旅券や搭乗券を提示する必要がなくなる。NECによる同種のシステムは、航空会社の国際グループ連合であるスターアライアンスも採用しており、20年にフランクフルト空港やミュンヘン空港から商用サービスがスタートしている。
海外の国家インフラでも採用が相次ぐ。国民向けサービスでの代表例が、インド政府が運営する国民IDシステムの「Aadhaar(アドハー)」だ。顔・指紋・目の虹彩を組み合わせたNECの生体認証技術を適用し、行政手続きの品質が向上。国民は社会保障の受け取りなどの公共福祉サービスが、素早く、適切に受けられるようになった。
インドの全人口は約13億人。日本とは桁違いの規模で、事務負担は相当なものだ。しかも同姓同名が多く、取り違えを排除できる確実な本人確認の手段が求められていた。アドハーへの登録は強制ではないものの、12億人以上の国民が登録済みという。認証システムの利便性やスピードを含めた総合的なメリットが、インド国民に支持された格好だ。
コネクトの次がパーソナライズである。その人に最適なサービスを提供することが可能になる。さらに期待されるのがヘルスケア領域への応用だ。顔データには顔色の変化、動き、瞳孔の大きさ、視線、まばたき、虹彩の動きなどの生理的な情報がある。そこからストレスや認知機能や感情を検知できる。心身の健康状態を判断できる可能性があるため、予防医療への活用に期待が高まっているのだ。
例えば、独居老人の見守りを遠隔で行うことができるだろう。あるいは遠隔医療の現場で医師に情報提供ができる。顔色から病気の兆候を知ることが、人の人生を左右する。セキュリティから始まった研究は、「顔色」から人生の未来を見ることへと広がっているといえそうだ。