ビジネス

2023.02.17 17:00

「生体認証」世界市場1位、NECトップが語るアイデンティティの未来

「メタバース」を支えるインフラ技術にも

いま、「究極のID」の新たな活用場所と予想されているのがメタバースである。「複数の個人」がアバター(分身)として活動するもうひとつの世界。森田は「現実世界と同じように、仮想世界の中でも、この生体認証が重要になる」と指摘する。

その理由は何か。メタバースの普及は、「仮想世界における私」の活動の重みが、「現実世界における私」にも匹敵することを意味する。もし、メタバース内で、第三者があなたのアカウントに不正にログインし、悪意をもって活動すれば、現在のインターネット空間以上に大きな経済的・社会的ダメージをもたらすはずだ。当然、「これまで以上に安全で確実な本人確認の手段が欠かせない」(森田)。

生体認証であれば、従来のIDとパスワードの組み合わせに見られる懸念は大きく減る。メタバースで「私は、確かに私である」ことを証明する重要な鍵は、まさに“リアルな自分”を表す体にある、というわけだ。

私のアイデンティティをもった「分身」の登場──。これこそ未来世界を切り開く技術といえるだろう。こうした強力なパワーをもった新技術は、その扱い方に配慮が欠かせない。特に顔認証においては、顔データの管理方法などについて懸念を抱く向きも多い。欧米の一部地域では、顔データを取得・活用する際に本人の同意を求める法整備の動きもあるという。

生み出した新技術を、組織や社会でどう適切に使いこなしてもらうか。企業としては悩ましいところもあるだろう。NECの生体認証技術の開発には、指紋認証に始まる半世紀以上の歴史がある。森田は「かつての自動車や飛行機など、革新的な技術が普及し社会にインパクトをもたらすようになるまでには、理解の浸透、関連制度の整備も含めて半世紀程度はかかっている」と語る。

「技術そのものには“色”はない。だからこそ当社のようなテクノロジー企業は、社会に対して『技術の可能性』を丁寧に説明していく必要がある。しっかり発信すれば、社会におけるコンセンサス(総意)の形成が促され、半世紀という時間は短縮できる可能性がある」(森田)

技術とどう付き合い、どう社会に実装していくべきか。我々市民が、専門家らに対して技術の本質を問いかけ議論しながら、適切な使い方を見いだしていく姿勢が重要だろう。先にも触れた成田空港の顔認証システムでは、同意した者のみが利用可能で、登録された個人情報は搭乗手続きのみに利用し、24時間以内に自動消去されるようにしている。

いつの時代にも、革新的な技術はコンセンサスを形成しながら社会に組み込まれてきた。

森田は言う。「テクノロジーと社会が不可分の時代。だからこそ、当社のようなテクノロジー企業は、社会に信頼され、社会価値を提供する善(よ)き市民であり続けることが欠かせない」。

森田隆之◎
1960年、大阪府生まれ。83年東京大学法学部卒業、NEC入社。2016年取締役執行役員常務兼CGO、18年代表取締役執行役員副社長兼CFO。Digital GovernmentやDigital Finance領域のM&Aで成長戦略を後押しした。21年4月より現職。

日本電気◎1899年、米ウェスタン・エレクトリック社が経営参加する国内初の外資系企業として設立。1939年国産テレビを試作、58年トランジスタ式電子計算機を完成。77年、小林宏治会長(当時)が「C&C(コンピュータ技術とコミュニケーション技術の融合)」のコンセプトを提示、情報通信産業の担い手に成長した。

文=高下義弘 写真=ヤン・ブース 編集=神吉弘邦

この記事は 「Forbes JAPAN No.102 2023年2月号(2022/12/23発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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