この数式―ベイズの定理―を理解するには、右辺を分解してみるのがいちばんだろう。
分子(右辺の分数の上側の部分)は、P(M)とP(D|M)のふたつの確率を掛けたものだ。ひとつ目のP(M)は、何も起きていない段階で、あるモデルが正しい確率を示す。つまり、飛行機が墜落する統計的確率や、出会った人が性悪女であるエイミーの推定確率のことだ。後者はエイミーがトイレに行く前の段階で推定していた確率であり、具体的には20分の1だ。ふたつ目のP(D|M)は、トイレ内での出来事に関する確率であり、レイチェルが本当に性悪女であった場合に、トイレ内でエイミーの悪口を言う確率を表わす。もう少し一般的にいうと、モデルが正しい場合にそのデータが観測される確率を指している。数値を割り当てるのは難しいけれど、半々と考え、P(D|M)=0.5としておこう。レイチェルが性悪女だとしても、トイレに行くたびにクラスメートの悪口を言うわけがない。性悪女でも、最低50%は別の話をするはずだ。
分子でふたつの確率の積P(D|M)・P(M)を取る理由は、ふたつの事象が両方とも成り立つ確率を求めるためだ。たとえば、2個のサイコロを振って、両方とも6が出る確率を知りたければ、1個目のサイコロが6である確率1/6と、2個目のサイコロが6である確率1/6を掛ければよい。その結果、ふたつとも6である確率は1/6・1/6=1/36となる。同じ掛け算の原則がここでも成り立つ。分子は、レイチェルが性悪女であり、かつトイレで意地悪な発言をする確率だ。
数式(2)の右辺の分子は、レイチェルが性悪女であるケースについて考えるものだが、レイチェルがいい人であるという別のモデルについても考えておかなければならない。それが分母(分数の下側の部分)の役割だ。レイチェルは意地悪な発言をする性悪女(M)か、うっかり意地悪な発言をしてしまったいい人(Mc)か、そのふたつにひとつだ。Mの右上についている小さなcは、補集合(complement)を指す。この場合の補集合とは、彼女が「いい人」であるケースだ。お気づきのように、分母の第1項のP(D|M)・P(M)は分子とまったく同じだ。そして、第2項のP(D|Mc)・P(Mc)は、レイチェルが性悪女ではないのに意地悪な発言をする確率と、人々が一般的にいい人である確率を掛けたものだ。すべてのケースの和で割ることによって、エイミーがトイレの個室で観測したデータについて考えうる説明をすべて網羅し、特定のデータが与えられた場合にモデルが正しい確率P(M|D)を求められる。
レイチェルが性悪女でなければ、いい人ということになるので、P(Mc)=1−P(M)=0.95となる。ここで、いい人がうっかり意地悪な発言をしてしまう確率について考える必要がある。レイチェルは実際にはいい人なのに、たまたま機嫌が悪かっただけかもしれない。誰だってそんな日はあるだろう。そこで、P(D|Mc)=0.1としよう。これは、機嫌が悪いせいで、いい人があとで後悔するような発言をしてしまう日が、10日に1日あることを示している。