細田氏は今回、チェコ国内の報道を見ていた。昨年秋、ウクライナ南部ヘルソン州の反攻作戦で、ウクライナ軍は州都ヘルソンを奪還した。その際、ロシア軍が数多くのT62型戦車を放置したまま退却した。1960年代に量産されたT62は、プラハに侵攻した戦車の一つとしても知られる。チェコでも「わが国を蹂躙した戦車が、ヘルソン周辺に配備されている」と報道されたという。
昨年8月21日の「チェコ事件」記念日には、多くのチェコ市民が、1968コルナ(約1万2千円)という象徴的な金額をウクライナ大使館の口座に献金した。ウクライナにT72戦車を寄付する市民プロジェクト「プーチンへの贈り物」計画も推進。3000万コルナ(約1億8千万円)にのぼる資金をクラウドファンディングによって集め、初代チェコスロバキア大統領トマーシュ・ガリッグ・マサリクにちなんで「トマーシュ」と名付けられた戦車がウクライナに送られた。チェコは戦車をウクライナに送った初めての国だが、市民が戦車をウクライナに送ったのもチェコが初めてだ。
一方、昨年末に、独レオパルト2戦車がチェコに到着した様子も報じられた。やはり80年前、チェコスロバキアの国土を踏みにじったドイツが作った戦車に、チェコの国旗をあしらった、赤・白・青の円形国籍マークが付けられている様子を、チェコの人々は感慨深げに眺めていたという。細田氏は「すでに、ナチスによる侵攻から84年が経ちました。それよりも、NATO新時代の到来を喜び、NATOの抑止力に対する安心感こそが、大多数のチェコ国民の素直な感情だと思います」と語る。
パベル大統領の当選も、チェコの国民感情を表している。パベル氏に投票しなかった人々は地方に住む高齢者や低所得者層が多い。こうした人々は資本主義のなかで貧富の格差に苦しむ人が目立つ。旧ソ連に支配された時代に主流だった反米感情も根強い。現在よりは貧富の差が目立たなかった社会主義時代を懐かしむ感情から、親ロ感情以上に反米感情によってウクライナ支援の打ち切りを求める。同時に親ウクライナ・親西欧路線を取るパベル氏に反感を持つのだという。しかし、国政選挙のたびに、こうした人々の割合は縮小傾向にある。このような感情は時代の流れと共に、やがて消え去ることになっていくのだろうか。
ロシアのプーチン大統領は、NATOの東方拡大に危機感と反感を抱き、ウクライナに攻め入った。侵攻から1年が経ち、見えてきたのは、NATO加盟後も予算制約上から旧ソ連製兵器体系に縛られていた中・東欧諸国で加速する「脱ロシア」現象だった。ロシアが失ったものは、プーチンが考える以上に大きい。
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