サイエンス

2023.02.14 09:00

「世界を支配する人々だけが知っている」10の方程式・数式

説得力がありそうでしょう? 正直な話、初めてこの論文を読んだとき、私自身もすっかり納得してしまった。著者は博士号を持つ研究者。論文が発表されたのは世界最高峰の大学の雑誌。論文の主張を裏づける科学的な査読と厳密な調査データ……。ところが、そこにはひとつだけ問題、それも大きな問題が潜んでいる。

クリスティン・カーターは、判断の数式の上側の部分しか考慮していないのだ。第1段階は、親たちの不安について記述した部分で、ある親が、画面を見つめる時間が精神衛生に悪影響を及ぼすと考える確率P(M)に相当する。

第2段階では、最新のデータが心配する親の仮説、つまりP(D|M)と一致していて、しかもこの値がかなり大きいことを示している。しかし、彼女が怠っていることがひとつある。現代の若者の精神衛生について説明しうるほかのモデルを、いっさい考慮していないのだ。彼女は数式(2)の分子(上側の部分)こそ計算しているのだが、分母(下側の部分)については言い忘れている。別の仮説に対するP(D|Mc)については何も言っていない。そのため、私たちが本当に知りたいP(M|D)の値、つまり携帯電話の使用が若者の鬱の原因である確率について、理解を深めてくれるわけではないのだ。

「判断の数式」が教えてくれること

カーターの放置した穴を埋めたのは、カリフォルニア大学アーバイン校の心理科学教授、キャンディス・オジャーズだった。彼女は学術誌『ネイチャー』に発表された解説で、まったく別の結論に達した。彼女は冒頭で、まず携帯電話の問題について認めた。アメリカでは、抑鬱を報告する12〜17歳の少女の割合が、2005年の13.3%から2014年には17.3%まで増加しており、同じ年齢の少年についてもそれより小さな数字ではあるが増加が見られる。一方、同期間で携帯電話の使用が増加したことは、ほぼ疑いようのない事実だ。統計を引っ張り出してくるまでもない。オジャーズはまた、クリスティン・カーターが引用したイギリスの若者の調査データに異論はなかった。携帯電話のヘビーユーザーのあいだで鬱の症例が増加することは確かだった。

オジャーズが指摘したのは、ほかの仮説によっても若者の鬱の増加は説明できるという点だった。毎朝朝食をとらない、睡眠時間が日によって違う、といった要因は、携帯電話の使用時間と比べて、精神衛生の悪化を予測するうえで3倍も重要だった。ベイズの定理の用語を使うなら、朝食と睡眠は鬱を説明しうる代替モデルであり、しかもこれらの確率P(D|Mc)は高い。これらのモデルをベイズの法則の分母に代入すると、分子を大きく上回り、携帯電話の使用が鬱と関係している確率P(M|D)は小さくなる。完全に無視できるわけではないが、若者の精神衛生の問題の重要な説明を提供するには足りない程度の小ささにはなる。
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