リンクトイン共同創業者のリード・ホフマンは、コロナ禍以降の世界を「大再編時代」と表現し、現在は「なぜ働いているのか?」を考え、好きな仕事を選んでいく「つくりなおし」の時期だという。
一方で、日常に目を向ければ「今日より明日がよくなる」と信じられた日々はとっくに過去のものとなり、常に漠然とした不安や億劫さを抱えているリアルもある。
こんな時だからこそ「ターニングポイント」というほど大げさでもない、日常の些細な「バグ」に目を凝らし、ヒントをたぐり寄せよう──。
そう呼びかけるのは、企画・編集会社「湯気」。人生にバグを仕込むためのヒントを探っていく本特集のねらいや込めた思いを湯気が寄稿した。
※本記事はForbes JAPAN2023年3月号に掲載されているものです。
私たちのオフィスには、迷える人たちが次々と訪ねてくる。どの人も、日々まじめに働き、人生を誠実に生きていて、そして、ちょっとした不安を抱えている。
「相談所」と看板をかけているわけではないのだけど、なぜかふらっと立ち寄ってもらえるのは、社名に掲げた「湯気」という言葉のもつ、ユルくて不思議なパワーのおかげかもしれない。
本企画「バグのすすめ」は、こうして湯気にもち込まれた悩みや傷を、楽しくおたき上げしてみようという気持ちからスタートした。遊びゴコロを再起動するバグというのは元々「小さな虫、悪さをする虫」の意味で、それが転じてプログラムの不具合などを指して使われる。英語ではカジュアルな用法として「突然夢中になること」「熱狂」などの意味もあるそうだ。
この企画では「たった1mmのズレ」や「ちょっとした変化」のことを総称して「バグ」と呼び、「もっとバグっていこうよ」と提案する。連綿と続く日々のなかで、ちょっとした「遊びゴコロ」を再起動するための、合言葉のようなものだ。
さて、私たちを訪ねてくる人々だが、彼らの多くは最初「話を聞きたい」と言ってやってくる。
湯気は、メディア事業会社で編集者と営業として働いていたふたりが2022年6月につくった会社だ。どうして脱サラできたの? 何をして食っていくつもり?などと、“事情聴取”のために人が次々とやってきてくれるというわけだ。
そして、これが会話の面白いところなのだが、誰かが一方的に話を聞いて終わりということはほとんどない。みんな聞いた分だけ、自分の悩みや気持ちを置いて帰っていく。
「結局何をしても褒められないんですよ。はざまの世代は苦しい」。夏の終わりに訪ねてきたメーカー勤務の40代男性はこう言った。「上の世代みたいに逃げ切れるわけでもないし、下の世代みたいに転職・副業が当たり前の軽やかな価値観でもない。何とかしたいけど学び直しの余裕もない。ハラスメントと言われるのも怖くて後輩には仮面をかぶっています。あぁ俺たちは、この社会の壮大な中間管理職みたいなもんだよな......」
誰もがうらやむ会社のマネジャーでもこういう“どうしようもなさ”を抱えている。こうした会話が、この半年で数十あっただろうか。いろんな悩みを“ディープラーニング”して煮詰めていくと「何者かにならなくてはいけない」という強い呪縛と、「愛を忘れたアンバランスさ」が浮かび上がってきた気がする。
作家の朝井リョウさんが『何者』で直木賞を受賞したのは、2013年のこと。平成元年生まれ、戦後最年少の23歳で直木賞作家になったその人は、受賞会見で「デビュー以来、一瞬で忘れられてしまう存在になることを常に不安に感じていた」と語った。
そして元号が変わるころ、「平成生まれの直木賞作家という肩書を失うことへの恐怖」を、朝日新聞デジタル(18年1月9日)に寄せている。直木賞作家でさえ、こう言うのだ。いわんや、平凡な私たちをや、だ。