「偽情報」という用語は、この問題に重要なニュアンスを足してくれる。それは「誤った情報を流布しようとする意思」がある点だ。偽情報拡散活動は、意図的に虚偽または情報の歪曲を作り、広めようとする行為だ。多くの個人が、本物で信頼できるように見える虚偽または誤解を招くようなコンテンツを共有することによって、不注意にもこの偽情報拡散活動に加わってしまっているのだ。
誤情報は今後も存在し続けるのか?
メディア企業や一般企業にとって重要な問いは、偏向・歪曲された情報がデジタルプラットフォーム上で普及するかどうかということだ。私は、完全な、真実を得たいと望む消費者の数が、虚偽の、偏った、歪んだ情報を自分たちに有利になるように押し付けようとする人々の数よりも勝るかどうかを予測することで、この問いを考えてみることにした。供給側の予測。アロック・グプタとロブ・カウフマンとの研究は、ひと言で言えば、競争が激しい産業や市場ほど、情報の透明性が高くなることを示唆している。しかし、ソーシャルネットワークの価値はネットワークの大きさにあるため(ネットワーク効果とも呼ばれる)、米国ではYouTube(ユーチューブ)、Facebook(フェイスブック)、Twitter(ツイッター)、TikTok(ティックトック)、Instagram(インスタグラム)など、ひと握りのプラットフォームが市場の大半を占める寡占的なかたちで業界が発展し続けるだろう。ソーシャルメディア企業は、その市場力を利用して、透明性に基づくビジネスモデルを導入しようとする革新者を排除しながら、クリックや閲覧行動に基づいて私たちが望むものを「ニュースフィード」し続けるのだろう。
需要側の予測。何が真実で何が嘘、偏見もしくは歪曲した情報なのかを読み解くことができるほど私たちが賢くなり、事実に基づいたコンテンツを求めるようになったらどうだろうか。私はこれをあまり楽観視していない。まず、こうしたプラットフォームでニュースを読むと、簡単に意図せず読み込んでしまう。例えば、Facebookユーザーの78%は、意図していなかったにもかかわらず、Facebook上のニュースを読んでしまうのだ。