ピエールの存在によって自分の地位が脅かされるのではという恐怖心がどこかにあったのではないかと思う。しかし結果的に彼を採用することに決め、蓋を開けてみると、彼は僕のチームで大いに活躍してくれた。
彼との仕事で今でも覚えているのは、数カ月と数億円をかけた大型案件が、リリース直前にお蔵入り決定となってしまった時のことだ。理由は、タイアップしていた某有名アーティストの「We’re not feeling it(なんか違うんだよね)」の一言。費やした労力に対してあまりに納得しづらい、ともすると100人規模のチームの士気を一気に下げてしまう出来事だった。
ピエール自身も大変残念に思ったはずだ。しかしこの事情をシェアするミーティングに臨んだピエールは、とにかくチームを励まし、鼓舞することにエネルギーを使った。シェア用のスライドの最後のページに一言「Optimism(楽観)」と大きく書かれていたのを見て、僕は「ピエール、僕よりもずっとすごい」と衝撃を受けた。
数年後、僕が別のオフィスに移動することになった際には、その当時の僕の座をピエールに渡し、クリエイティブ部署の統括を任せることにした。
彼との仕事を通して、自分よりもすごい人をチームに迎え入れることの大切さ、それによってチーム全体の力が上がることの価値を痛感した。ピエールは現在、マッキャン・ニューヨークのCCO(チーフ・クリエイティブ・オフィサー)として活躍している。
4. 自分自身が進化しているか
この年齢になってもリーダーシップの難しさを感じる。なぜなら、相手の年齢や関係性によってリーダーシップに求められることは変わっていくからだ。加えて、時代が変わればリーダーシップの在り方も変わる。その時代の雰囲気に合わせて変えていかなければならない。「最近の若者には何を言ってもハラスメントになってしまう」といったような悩みを耳にするが、リーダーシップに正解は用意されていない。年齢とともに自然に身につくものでもない。
だからこそ、僕は一括りに“部下”として接するのではなく、個人に向き合うことを大切にしている。どのようなパフォーマンスのメンバーに対してもまず話を聞くことから始め、そのうえでフィードバックをする。
期待に届かないパフォーマンスだった時でも、まずは「その人自身の手応えはどうだったのか」を聞き、そのうえで、足りないポイントを指摘するようにしている。
唯一正解に近づく方法があるとすれば、個人と向き合いながら、時代に合わせたリーダーシップとはどのようなものかを考え続け、自分自身が進化し続けることだろう。僕の進化が止まってしまったら、それ以降の僕自身のリーダーシップも止まってしまう。リーダーシップなんて、すぐに陳腐になってしまう。
そうならないためにも僕自身、進化し続けていきたい。