「複雑系」の持つ、こうした性質を、ノーベル賞化学者のイリヤ・プリゴジンは、著書『混沌からの秩序』で、「システムの片隅の、小さなゆらぎが、システムの進化の未来を、決定的に変えてしまう」と述べているが、実際、例えば、2000年の米国大統領選で、フロリダ州の投票方式が「判読不明票」を大量に発生させる酷いもので無ければ、アル・ゴアが勝利し、地球温暖化対策の現状は、かなり異なったものとなっていただろう。
また、福島第一原発の非常用電源設備が、海側ではなく山側に設置されていたならば、あの事故は起こらず、世界の原子力政策は、かなり異なったものになっていただろう。
そして、この「複雑系社会」には、「摂動敏感性」に加えて、「管理不能性」や「制御不能性」と呼ぶべき、さらに厄介な性質がある。
それは、システムが、あたかも「意志」を持った「生き物」のように動くため、人為的に管理し、制御することが極めて難しいのである。市場を自由に操作しようとして、リーマンショックを引き起こした金融工学の失敗は、その典型的な事例である。
では、こうした「生命的システム」としての市場や社会や国家に、どう処していけば良いのか。
実は、その方法を見出すことが、地球規模の諸問題に直面する人類にとって、21世紀最大のテーマなのであるが、その方法の探求は、ほとんど進んでいない。その根本的な理由は、欧米の変革論が、基本的に「機械的世界観」と「操作主義」に立脚しているからである。しかし、この予測不能・制御不能の「複雑系社会」に処するには、「生命的世界観」に基づいた叡智が求められるのであり、その叡智は、実は、「東洋思想」の中に眠っているのである。
田坂広志◎東京大学卒業。工学博士。米国バテル記念研究所研究員、日本総合研究所取締役を経て、現在、多摩大学大学院名誉教授。シンクタンク・ソフィアバンク代表。世界経済フォーラム(ダボス会議)Global AgendaCouncil元メンバー。全国7300名の経営者やリーダーが集う田坂塾・塾長。著書は『知性を磨く』など90冊余。