教育立国フィンランド「デジタル化は、我々がどう生きるかという問題だ」

ヘルシンキ市郊外の公立小学校、Vattuniemi Comprehensive Schoolで学ぶ子どもたち


null
Demos Helsinki代表 アレクシ・ニューボネン

「多くの国でもそうだと思いますが、少なくともフィンランドでは、『デジタル化』は経済プロセスを促進し、合理化する方法とみなされています。生活を楽にし、物事のスピードを上げてくれる、という考えです。非常に多くの業界や分野で、効率的な利益を前提としています」。しかし、ここで議論を終わらせても良いのか、とニューボネンは問題提起する。

「それは実際には社会におけるより広く、深い変革ではないかと思います。我々が知るように、多くのデジタルツールは、組織や仕事の仕方を刷新し、社会構造を大きく変えようとしています。サービスを与える側と受ける側、というような過去の関係や構造はすでに必要なくなっている。我々は新しいサービスやプロバイダー、仲間、スキルを世界のどこからも手に入れられるようになっています。

あるシステムが構築されるにはある原則があり、さまざまな分野、産業で、さまざまな目的によって構築されている。しかし、それらはコピーするのが簡単であるがゆえに、私たちは突然、社会のさまざまな部分で、この種の簡単に乗算可能なシステムを手に入れることになっているのです。

全体として、デジタル化は非常に広範囲に、いかに私たちが世界を組織するか、誰がリードするのか、誰が責任を持つのか、誰と協働するのか、といった問題になります。このように考えると、世界への見方が変わってくるのです」(ニューボネン)

フィンランドでは、「Elements of AI」といった先駆的な試みと成功事例のもとで、教育とデジタル化を両輪で進めることに、道を見出している。もちろん、試みは始まったばかりであるが、前進しているといえる。

日本は、変化への億劫さと批判と失敗に足踏みをして、最初の一歩をまだ踏み出していないように見える。これからの革新的な試みから、「私たちがいかに世界を組織するか、誰がリードするのか、誰が責任を持つのか、誰と協働するのか」といったより本質的な問いへの道すじが見えることを期待したい。

編集=岩坪文子 取材協力=フィンランド大使館、柴山由理子

ForbesBrandVoice

人気記事