コロナ禍による「旅ロス」が大きい
これまで何度か書いてきたが、「ガチ中華」に対する関心が広がった背景には、3つの事情が考えられる。まずコロナ禍による「旅ロス」である。「日本語は通じるのだろうか」「何を注文したらいいのか」といった海外旅行先で経験する不安やワクワク感のような旅先での現地感を、日本にいながら味わえる場として「ガチ中華」の店に人気が集まったのだ。
2つ目は、激辛ブームに象徴される日本人の食の嗜好の変化がある。「ガチ中華」を代表する四川料理の刺激の強いクセのある味つけは、これまで日本の中華料理店では一般的ではなかったが、近年は辛くて痺れる「麻辣」味が食品市場や飲食の世界で広がっているためだと考えられる。
中国の羊肉串にはさまざまなスパイスや香辛料が使われる
3つ目は、SNSによるコアな情報発信者の存在がある。2000年代以降、中国や東南アジアに進出する企業の増加とともに、駐在や出張、留学を通じて現地の味を知る日本人が増えた。
彼らは帰国後、現地で味わった本格的な中華料理を、日本にいながら食べられることに気づいた。いまはSNSの時代であり、そういう人たちがコアとなって店の情報を発信。それを見た若い世代が興味を寄せるようになったと思われる。
面白いのは、都内の大学で「ガチ中華」を研究テーマに選ぶ学生も現れていることだ。彼らはコロナ禍のため、中国やアジアの国を訪れたことはないものの、いま東京で起きている未知なる本場の中華料理の世界を知りたいと感じているようだ。
実は、羊フェスタの会場でも、われわれ東京ディープチャイナ研究会のスペースを訪ねて来た中国人の大学院生がいた。彼もまた修論のテーマに「ガチ中華」を選んだという。彼ら中国人にとっても、日本で起きているこの現象は関心の対象なのである。さっそく、彼に日本の学生たちを紹介し、座談会や共同研究を進めようと話をしている。
筆者が「ガチ中華」発掘を始めた理由
そもそも筆者が「ガチ中華」の発掘などという酔狂なことを始めたのはコロナ禍のせいだった。2020年初春、突如襲ったパンデミックのために、それまで年間数回出かけていた海外取材ができなくなった。
途方に暮れて池袋の雑踏を歩いているとき、いまでいう「ガチ中華」の増加ぶりに驚いた。もともと池袋にこの種の店が多いことは知っていたが、明らかに5年前とは異次元の別世界が広がっていると感じた。
池袋駅西口(北)はディープチャイナのゲートウェイ
いったいここで何が起きているのか。その全体像を調べることを決意した筆者は、それからというもの、都内の「ガチ中華」の集中エリアを何度も訪ね、面白そうな店に入っては、料理やメニューの写真を撮りまくった。
「池袋小吃居」は都内でも珍しい河南料理店
「池袋小吃居」のメニューは中国語と日本語交じりの奇妙なものだが、「日本初登場」と書かれている
さいわい旅のガイドである「地球の歩き方」の取材をしていたことから、中国は各地を訪れていたので、既知の料理もいくつかあり、「こんなものまで日本で食べられるのか」という驚きもあった。